第13話
穏やかなクリニックでの一日が終わった。
お昼休みに一旦特別診療部屋へ戻った時にはレオはベッドで眠っていた。起こさないように空になっていた水筒をそっと腕の中から取って満たしてきたけれど、あれで足りただろうか。一日中一人で寂しくはなかっただろうか。夕食は何がいいかな。パンとフルーツにしようか。鉄分が足りないからサプリを飲ませなければならない。理解してくれるだろうか。
そんなことを考えながら、誰もいなくなったクリニックの戸締まりをして夜の診療のために鍵を開けておこうと裏口にまわった。鍵穴に鍵をさしこむと違和感を感じた。
裏口の門の鍵が開いていたのだ。ということは誰かが内側から開けたとしか考えられない。
「レオ!?」
僕は急いで階段を駆け上がった。診療部屋のドアの鍵も当然開いていた。
「レオ!?」
中はもぬけの殻だった。レオの姿はどこにもなかった。狭い診療部屋だ。隠れる場所はどこにもない。
「レオ」
想像しなかったわけではない。番や家族がいれば一生愛し一生添い遂げる一途な生き物だ。番や家族がいないとしても吸血鬼はそもそも単独行動を好む。レオがずっとここにいることはまず無理だろうとはわかっていたはずなのに、現にこうやっていなくなったのがとてもショックだった。
ちゃんと家族のもとに帰れただろうか。僕は診療台のベッドに座った。僕のことをずっと眺めていたレオの姿を思い出していた。あの大きなブルーの瞳。そういえばあのピンクの水筒もない。気に入っていたから持っていってくれたのだろうか。嬉しいな。迷子になっていないだろうか。お腹は空かせていないだろうか。
たった一日、一緒に過ごしただけなのにこうも落ち込んでいる自分のことが意外だった。ダメだ。夜の診療もあるのだから気を引き締めよう。
僕は立ち上がって自分の頬を軽く何度も叩いた。診療台のシーツを剥がして新しいシーツをかけた。医療器具の消毒は済んでいる。時間まで仮眠をとろう。今日は街に住んでいる何名かの吸血鬼が採血しにやってくるのだ。定期的な健診だ。
診療部屋の準備を終えて僕は自室へ戻って休むことにした。自室のドアを開け、白衣を脱ごうとした時だった。
僕は入ってすぐ右側のキッチンで手と足を止めた。
朝、いやお昼にもキッチンは綺麗に片付けたはずだ。なのにまな板や包丁、鍋などが散乱している。床はびしょ濡れだ。
泥棒?
僕は自室の何ヵ所かに置いてある一メートルほどの銀でできた棒を手に取った。もしものためにと各家庭にも常備されている、言うなれば消火器みたいな存在の銀の棒だ。特に僕はヴァンパイアホスピタリティーという吸血鬼相手の仕事をしているから何かのトラブルに巻き込まれるかもしれない。それでなくてもハンターの息子だというだけで古代吸血鬼からいつ狙われてもおかしくない。だから護身用に銀の棒は何本かあちこちに置いてあるのだ。
僕はキッチンの影に隠れ、カウンターからそっと頭を出して部屋の中を見渡した。
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