第12話
次に僕はハムエッグに手をつけた。プラスチックのナイフとフォークでハムと焼いた卵を小さく切ってから口に入れて見せた。レオは口を動かしながら相変わらずずっと僕のことを見つめている。
「これはハムエッグだよ。ハムと卵を焼いたんだ。食べてみる?」
僕はフォークにハムと卵を刺してレオの前に突き出した。
今度はゆっくりと僕の手からフォークを受け取ったレオ。そしておそるおそる顔に近づけるとそっと匂いをかいでいた。
「やっぱり初めてか」
不思議そうな顔をしながらもレオは口の中にそれを入れた。
「ガァッ!」
その瞬間レオは口の中の物を吐き出すと水筒は抱えたままでまたベッドから飛び出していった。
「あははっ。ハムはダメだったか。ごめんごめん」
ベッドの横に立って僕を睨み付けているレオ。肉を好まないのはわかっていたが、ハムのような加工品も無理なようだ。
「じゃあこれは僕が食べるよ」
そう言って僕は残りのハムエッグを食べて見せた。しばらく僕を眺めていたレオもゆっくりとベッドの上に戻ると残ったパンを口に入れていた。
「そうだ、僕はこれから下のクリニックに仕事に行くけど、レオは自由にしてていいからね」
返事はないものの口を動かしながらずっと僕を見ているレオ。
「お昼に一旦戻ってくるから」
朝食を食べ終えてから僕はレオを置いて特別診療部屋を出た。片付けとシャワーをしてから白衣に袖を通して一日の始まりだ。
「おはよう、エリサ、ラナ」
クリニックに下りてすぐにエリサとラナがいる休憩室に顔を出す。
「おはようございます、アンドリュー先生」
「おはようございます」
二人も朝食をとっているようだった。
「先生、待合室に荷物が届いていました」
物静かな性格なのか普段あまり自分からはしゃべらないラナ。彼女が受け付けや事務作業もやってくれているから本当に助かっているのだ。
「ああ、昨日マルシェで買い物したんだった。ありがとうラナ」
女性の年齢のことはあまり言いたくないが、三十はとうに過ぎているだろうラナはエリサに似た優しい笑顔でうなずいていた。
ラナは若い頃吸血鬼と恋に落ちたそうだ。でも当時父親に大反対され泣く泣く諦めた。ラナはいまだにその彼のことを想っていてずっと独り身のままでいる。というのはラナに直接聞いたわけではなくて、全部母親のエリサから聞いた話なのだけれど。
そういうふうに誰かをずっと愛し続けられることが僕はうらやましいとさえ思っていた。僕は恋愛したことがなかった。小さい頃からあの父親にハンターとしての訓練をさせられ、思春期には父親に隠れながら医者になるために猛勉強していた。カレッジで何度か女の子に告白されて付き合ってはみたものの、会う暇がなくてデートも断わり続けていたら呆れられて、結局みんな僕のもとを去っていった。
僕にもこの先誰かを好きになったり愛したりする日はくるのだろうか。
それよりも今は吸血鬼の生態を調べることのほうが楽しいのだけれど。
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