第10話




 翌朝、目を覚ました僕はすぐに診療部屋へと急いだ。

 彼はまだいるのか、それともいなくなっているか。おそるおそるドアを開けた。

 明かりがついたままの部屋のベッドの上に少年は寝ていた。

「よかったぁ」

 小さな声でそう言いながら僕はベッドに近づいた。少年は僕の水筒を両手で抱き抱えたままで眠っていた。

「あは」

 なんてかわいらしい姿だろう。カールしている髪の毛といい、まるで天使みたいだ。

「ん?」

 少年のふわふわの髪に触れてみると異変に気づいた。昨夜はもっと髪の毛は黒かったはずだ。どうみても今は濃いブラウンへと変化している。

 なるほど。幼少期から少年期になると髪の毛も変化するのか。新しい発見に僕はわくわくしている自分に気づいた。彼がこれから先どうやって成長していくのか知りたい。この目で彼の成長を確かめて見届けたい。そう思っている自分がいた。

「ん……」

 ゆっくりと開いた大きな目。少年の綺麗なブルーの瞳が僕を見た瞬間、思わず僕は昨夜のように逃げられないよう少年を強く抱きしめていた。

「うわっ、なんだよ! 離せよ! 変態!」

「あっ」

 さすがは吸血鬼だけあって子どもといえどその力は強く、すぐに彼は僕の腕をふりほどいてベッドから飛び出していた。

「おはよう。ふふ、あははっ」

 僕は嬉しくて思わず笑っていた。彼が普通に話せていたからだ。

「何笑ってんだよっ」

 少年はまた僕を睨むように見ていたが、昨夜のように部屋の隅ではなく少し離れただけという距離も嬉しかった。

「いや、だって初めて声を聞けたと思ったら変態とか言われるし。あはっ」

 変態扱いされたのは初めてかもしれない。でも確かに考えてみれば僕はよく知らない人だ。

「お前が、いきなり抱きしめてくるからだろっ」

 そう言って照れるかのように顔を赤く染めながら頬をふくらませる姿は本当にまだあどけない子どもだ。

「ごめん。僕の名前はアンドリューだよ。きのう自己紹介したでしょ? 君の名前は?」

 僕は立ち上がってベッドに転がっていた水筒を手に取った。

「わ、僕が作ったジュース、飲んでくれたんだね」

 軽くなっている水筒を開けると中は空っぽだった。

「返せ!」

 すると突然少年がベッドに上ってきて僕の手から水筒を取りあげた。

「これは俺のだ!」

 そしてベッドから下りてまた僕を睨み付けている。

「もしかして、それ、気に入ってくれたの?」

 僕が聞くと少年は静かにうなずいていた。

「あはっ、そうかそうか。嬉しいよ。じゃあちょっとそれ僕に貸してくれるかな? また作ってきてあげるから」

 そう言うと少年は水筒を見ながらゆっくりと僕のほうに差し出してくれた。

「ちょっと待っててね」

 水筒を受け取り部屋を出ていこうとドアに手をかけた。

「レオ」

「え?」

 振り向くと少年が恥ずかしそうな顔をして僕を見ていた。

「俺の名前」

「そうか、レオか。いい名前だね」

 そう言ってから僕は診療部屋を出た。

 一瞬見えたレオの表情が嬉しそうに見えたのは僕の気のせいではないと思う。





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