第9話
「大丈夫だよ。怖がらなくてもいい」
僕がそう言いながら近づこうとすると、少年は歯を剥き出しにして「ウウッ」とうなっていた。
「僕の名前はアンドリュー。アンドリュー・ハーグっていう医者だよ。君はここの前で倒れていたんだ。覚えているかい?」
とにかく優しくゆっくりと声をかけてみたが、少年は大きな目を見開いて僕を睨んでいるだけだった。
「困ったな」
どうしたものか。吸血鬼といえどまだ小さな少年だ。やはり僕の憶測通りこの子はまだ産まれて間もないのだろう。きっとフィンのような急激な成長で、着ていた赤ん坊の服が小さいワンピースみたいに見えたのだ。
「君の両親は? 親はいるのかい? 家は?」
僕は床に座って目線を低くした。
「誰かにここのことを聞いたのかい?」
何を聞いても答えてくれそうになかった。そもそも言葉は話せるのだろうか。僕もこれ程までに幼い吸血鬼に出会ったのは初めてなのだ。
「そうだ、ちょっと待ってて」
僕は診療部屋を出て自室に戻り、さっき買ってきた新鮮なフルーツたちを刻んでトマトジュースと一緒にミキサーにかけた。それを氷と一緒に筒状の水筒に入れれば子ども用のおいしいジュースのできあがりだ。
「お腹すいてるだろう?」
診療部屋に戻ってから診察台のベッドの横のテーブルに水筒を置いた。少年はまだ部屋の隅で小さくなったままだった。
「僕特製のジュースだよ。今日はこれを飲んでゆっくり休むといい」
僕はそう言いながら診療部屋の入り口のドアの鍵をかけた。
「それじゃあ僕は向こうの部屋にいるからね。お休み」
そして部屋を出て僕は自室に戻った。
少年はどうするだろうか。
翌朝には出て行っていなくなっているかもしれない。本当はもう少し一緒にいて、彼が話せるならいろいろと聞いてみたかったけど、どちらにしろあの様子では会話という会話はしばらくは無理そうだ。
でもあんな姿で一人でここに来たということは両親もいなくて何か困っているのかもしれない。いや、着ている服は明らかに小さかった。あれは両親が着せていたはずだ。両親と離ればなれになってから、あのフィンのように成長してしまったのだろうか。どうであれ僕に助けを求めに来たのは間違いないだろう。
ベッドに横になってそんなことを考えていると僕はいつの間にか眠ってしまっていたようだった。
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