第7話
その日のクリニックの診療も終わりエリサとラナは帰宅した。
今日は特別診療部屋の予約も入っていない。そんな日に僕がやることは街のマルシェでの買い物だ。
僕オリジナルの吸血鬼専用サプリを作るための材料の買い出しをしなければならない。昨夜の吸血鬼の青年にも言ったように、国が作って販売しているサプリは吸血鬼にとってものすごく不味いらしいが僕のオリジナルならおいしく摂取できるのだ。もちろんカプセルだから味はしないはずなのだけど、彼らはそれを飲むとあまりの不味さで気持ち悪くなるそうなのだ。それでも普通の食事だけでは貧血をおこしてしまう。要するに鉄分不足になる。
彼らから何度も不味い不味いと聞かされてきた僕はそのサプリを調べてみることにした。結果、国のサプリは主にポワソン(魚介類)やヴィヤンド(肉類)を原料にして作られていることがわかった。そもそも彼らは肉を好まない。だから僕はレギューム(野菜)主体でサプリを作ってみたのだ。これが功を奏して彼らにも気に入ってもらえるサプリを完成させたのだ。
街のマルシェに足を運ぶと店じまいギリギリの時間で、通りに並ぶテントの中は後片づけで忙しそうだった。
「あらアンドリュー! 今日もいい男だね」
「ようアンドリュー、お疲れさん!」
顔なじみの店員たちから声をかけられながら必要な物を買っていった。売り切れてしまっている物もあったが、注文しておけば明日にはクリニックまで届けてくれるのだ。
「もう少しフリュイ(フルーツ)が欲しいな」
サプリには鉄分だけではなくビタミンCも必要なのだ。フルーツを入れることで味も優しくなる。
「あら、ちょうどシトロンも売り切れなのよアンドリュー。いつものように持っていくから」
なじみのマダムの優しい笑顔。
「じゃあお願いするよ」
「メルシー」
もうすでに辺りは暗くなっていた。両手もふさがったことだしと、人もまばらで静かになってきたマルシェでの買い物を終え僕は自宅に戻った。
紙袋を下ろしひと息ついたところでふと、裏口の階段の門の鍵を開けておこうという考えが頭をよぎった。昨夜のように、いつ吸血鬼が飛び込んでくるかわからない。どうやらこの街の外まで僕の噂が広がっているようだからなおさらだ。二日前にハンターによる吸血鬼狩りが行われたとすれば、もうしばらくはケガをおった吸血鬼が来るかもしれない。
ハンターたちはほぼ一ヶ月に一度の割合で抜き打ちで狩りをする。狩りをした後は古代吸血鬼が遠くに逃げてしまうからだ。そして居場所を突き止めてまた狩りをする。それの繰り返しだ。小さい頃から父親から頭にたたき込まれ続けた吸血鬼の習性や弱点。ハンターとしての武器の使い方や戦い方を学んでは鍛えられた。その度にケガをしては『ノクターンチャイルドクリニック』の吸血鬼の医者のお世話になるというおかしな循環。当時から何かが狂っていると感じていたのは僕だけじゃないだろうことを祈るよ。
そんなことを思い出し考えながら部屋を出て階段を下り、クリニックの裏口へと向かった。
「ん?」
街灯も届かない闇の中に見えたのは、門の前にある小さな影だった。
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