第6話




「アンドリュー先生、おはようございます!」

「おはようございます!」

 朝一番に元気よくやって来たのは昨日のカランとフィンだった。

 待合室で観葉植物たちに水を与えていた僕は二人を見て一瞬驚いたがなんとか平静をよそおった。

「おはよう。今日は仲良く二人で来たのかい?」

 昨夜までカランと同じくらいの背格好だったフィンが明らかに成長していたのだ。

「先生包帯取れちゃった。あとこいつも先生に話があるってさ」

 なるほど、カランの腕の傷がむき出しになっていた。

「奥にエリサがいるからお薬を塗ってもらうといい」

 僕がそう言うとカランは診察室へと入っていった。

 おそらくカランもフィンを見て驚いたに違いない。平静をよそおっているのはきっと両親からや学校の授業などで新世代吸血鬼のことを学んでいたからなのだろう。

「先生」

 フィンが申し訳なさそうな表情をしていた。

「ああ、フィン。僕も驚いているよ。君の成長はまた急だったね」

 誰もいない待合室の椅子に二人で座った。

「昨日、あれから寝ていたら身体中が痛くて。起きたらこんな姿に」

 今のところ、フィンは高校生くらいに見えるだろうか。背も伸びているし顔つきも昨夜とは違って男らしくなっていた。

「少年期が終わったんだね。いよいよフィンも青年期だ」

「はい」

 少し寂しそうな顔をするフィン。

 無理もない。小学校や友だちとはここでお別れをしなければならないのだから。

「これから学校に行って先生たちやクラスメイトにお別れをしてきます。本当は朝早くに行って誰にも会わずに報告だけしようと思ったのですけど」

「カランとばったり会ってしまったんだね」

 フィンの気持ちもよくわかる気がした。

 突然変わってしまった自分の姿。それを見て驚く周囲の目。今まで一緒に過ごしてきた仲間からそんな目で見られるのは僕だって悲しい。

「カランが、あいつが気にするなって」

「そうか」

 もしかすると、カランは子どもながらにずっとこうなることを予測していたのかもしれない。

「大丈夫だからって。みんなわかってるから、お別れぐらいしたいって言ってくれて」

 気のせいか、フィンが涙をこらえているように感じた。

「うん。そうだね。きっとみんな待ってるよ。カランもクラスメイトも、みんないい仲間だね」

「はい」

 いい時代になってきていると思った。

 僕が小学校の頃はまだ、と言っても十年ほど前だけど、その頃クラスにいた新世代吸血鬼はみんな突然学校に来なくなっていた。教師たちに聞いても言葉を濁していた。今はこうやって目を背けずにちゃんとお互いに理解しあえているのかと思うと嬉しくなった。

「これからどうするの?」

 僕が聞くとフィンが姿勢を正した。

「吸血鬼専門のカレッジを受験します。それまでは自宅で勉強です」

 この国には新世代吸血鬼のほとんどが通うカレッジが設けられている。人間よりも優秀な吸血鬼があらゆる分野の知識を学べる学校だ。

「そうか。頼もしいよ。がんばって。何かあったらまたこっそり二階においで」

「はい。アンドリュー先生、ありがとうございました」

 そう言って頭を下げるフィン。

 彼はこれからとてつもなく長い長い青年期を生きてゆくのだ。





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