第5話




 特別診療部屋の鍵をかけ、狭い廊下を挟んで隣の自室にしている広い部屋へと戻った。一人にしては広すぎる自室だ。ベッドルームもリビングもダイニングもキッチンにも仕切りのない広々としたワンルームだと想像してもらえばいいだろうか。

 キッチンで熱いコーヒーを入れ、さっき作っておいたハムとレタスのサンドイッチを口に含んだ。

 エリサとラナはもう来ているだろう。

 もともとこの『ノクターンチャイルドクリニック』は吸血鬼である医者が開業したクリニックだった。そこで看護師として働いていたのがエリサとラナだ。

 何百年も続いていたクリニック。もちろん僕も子どもの頃はお世話になった。新世代吸血鬼だった元医院長は、それはそれは優しくてジェントルマンな吸血鬼だった。

 『命を大切にね』

 院長の口ぐせだ。くる者くる者にそう声をかけていた。何百年も生きる吸血鬼から見れば人間の命は本当に短い。よくケガをしてはクリニックに通っていた僕は少なからず院長の影響をうけているだろう。

 そんな院長は僕が医者になりたての頃亡くなった。医師免許を取得し、これから院長に吸血鬼の身体についていろいろと教えてもらおうとしていた矢先だった。

 仕方なく僕は自宅でひっそりと闇医者を始めた。知り合いの新世代吸血鬼たちに協力してもらいながら吸血鬼の身体を調べていた。

 だがそれも長くは続かなかった。父親であるハンターの目を盗んで自宅でこそこそ隠れてやるには無理があった。

 ものごころがついた頃からハンターを継ぐよう言われてきた。僕がハンターになるのが当然のように育てられた。それに反抗して医者になったというだけでも父親の怒りをかっているのに、吸血鬼を助けていると知られたらどうなるだろうか。きっとあの屈強は父親はあの銀の斧で僕を切りつけるだろう。そこまでじゃないとしても怒り狂うのは目に見えている。

 とにかく闇医者を続けるためにも自宅を出ようと考えていた時に、エリサとラナが僕に声をかけてくれたのだった。

『僕はまだまだ未熟だ。それに院長先生とは違って僕は人間だよ』

 そう言って一度は断わったがエリサは優しい笑顔を見せながら首を振っていた。

『私たちもまだまだ未熟な人間よ。でもねアンドリュー。私たちはお父様がハンターでありながらその道に進まなかったあなたを誇りに思っているの。そんな優しいあなたと一緒にお仕事ができたらなって。ねえ、私たちを助けると思って、あのクリニックを継いでくれないかしら』

 そうオファーされこのクリニックを受け継いだ。そして僕は二階部分を増築し、自室と吸血鬼専用の診療部屋を作ったのだ。





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