第4話




 寝ているうちにと青年の鋭く伸びていた歯を削った。古代吸血鬼はそうやってもすぐにまた伸びてくるからほんの少しの時間稼ぎにしかならないが。

 そして血液を採取し吸血鬼専用の検査キットで簡易的な血液検査もおこなった。特に異常もなく健康体であったことはなによりだ。

「目が覚めたようだね」

 外が明るくなりかけた頃、寝ていた青年が体を起こした。

「ああ先生、ありがとう。おかげで助かった」

 青年はすぐに診療台から立ち上がると頭を下げていた。回復が早いのはさすがだ。

「そこのシャツを着ていくといい。体格は僕と同じくらいだから、サイズは合うと思うけど」

「ありがとう。本当に、何とお礼を言っていいものか」

 青年は嬉しそうな表情を見せ僕のシャツに袖を通していた。

「ここの噂を聞いていたのなら、僕のことも知っているよね」

 そうだ。吸血鬼専門医なんて数は少ないから噂が広まるのは早いだろう。だとすると僕がハンターの息子だということも。

「ん? ああ、聞いたよ。あのセリオスの息子だというからどんな屈強な男かと思っていたら。まだ若いし色白だし、細くて弱々しい。どうやったらあの男からこんな美しい息子が産まれてくるのか」

「あはは」

 確かに、母親似だと言われてきた僕はあの父親とは似ても似つかない。知らない人が見ればあのむさくるしい大男と僕が親子だなんて誰も思わないだろう。

「でもどうしてわざわざ? ハンターの息子が吸血鬼を助けるなんてこと」

 服を着終えた青年が僕の前に立った。

「ははっ。どうしてだろうね」

 吸血鬼から見れば僕はさぞ変わった人間なのだろう。いや、人間から見てもそうだろうが。

「まあいいや。とにかく助かったよ」

 すぐに出て行こうとする青年を呼び止めた。

「ちょっと待って。君が寝ている間に歯を削っておいたよ。一時的だけどハンターに気づかれないようにね」

 そう言うと青年は舌で歯をなぞっているように口を動かし確かめているようだった。

「血液検査もさせてもらったよ。君は健康体だ。あと、これは吸血鬼専用のサプリメント。古代吸血鬼には不味くてたまらないそうだけど、僕のオリジナルだからいけると思うよ」

「それはありがたい」

 青年の顔が一瞬で華やいだ。

「定期的に来てくれればいつでも用意しておくんだけど」

 僕は青年におねだりするような顔をして見せた。

「ハハ、わかった。また来るよ」

「代わりにいろいろと検査させてくれるかい?」

 そう言ったのはまだまだ吸血鬼の身体には謎が多く、知りたいことが山ほどあるからだ。特に古代吸血鬼においては。

「俺でよければ」

「よし、決まりだ」

 僕は思わず青年に握手を求めていた。

「ハハッ、じゃあまた。本当にありがとう」

「ああ、気をつけて」

 手を離すと青年はすぐにドアを開けて出ていった。開けたドアの向こうに見えた太陽の光が窓のないこの一室をほんの一瞬だけ明るくさせた。

「さて」

 誰もいなくなった診療部屋の壁の時計に目を向けた。

 もうすぐ『ノクターンチャイルドクリニック』の開業時間だ。





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