第2話




 深夜零時をまわる頃、『ノクターンチャイルドクリニック』の裏口から狭い非常階段を上って二階に作った特別診療部屋へとやってくる吸血鬼たちの診療が始まる。

「アンドリュー先生、こんばんは」

「お、こんばんはフィン」

 父親と一緒に元気よく入ってきたのは昼間ケガをしてやってきたカランの話しにもでたフィンだ。

「先生、よろしくお願いします」

 僕はうなずいてフィンを診察台に座らせた。

「さあてフィン、お口を開けて」

「あー」

 勢いよく口を開けたフィン。さすがに吸血鬼だけあって二本の前歯が鋭く伸びてきていた。

「歯を削るからね。目を閉じておいて」

「あーい」

 おとなしく口を開けて目を閉じているフィン。彼のように吸血鬼の子どもらはこうやって子どものうちに定期的に歯を削りにくるのだ。そうすれば、成長するうちにやがて歯は伸びなくなる。

「どうですか、最近は。何か不便はないですか?」

 心配そうにフィンの口の中を覗き見ている父親に話しかけた。

「ああ、ええ。アンドリュー先生のおかげでこの街の吸血鬼はみんな暮らしやすいと言っていますよ。いくら我々が新世代吸血鬼とはいえ、まだまだ不安は多く残ってますからね」

 父親と言っても見た目は僕とほとんど変わらず若く見えるのは彼も新世代吸血鬼だからだ。

「僕は何も。大変なのは人間に寄り添ってくれる吸血鬼のほうですからね。少しでも何かのお役に立てればいいのですが」

 長い歴史を歩んできた吸血鬼。彼らは時を経て徐々に進化してきた。新世代吸血鬼と呼ばれている彼らは人間の生き血の代わりにサプリメントで生活している。昔のように人を襲ったりしないし太陽も苦手ではなくなった。十字架とニンニクはそもそも苦手だったのかどうか確かではないがなんともなさそうだ。人間と違うのは吸血鬼にはなぜか男しかいないこと。歯が伸びてしまうことと銀に弱いこと、成長が早くすぐに青年になってしまうこと。そして青年期がとてつもなく長いということだ。

「あ、そういえば先生、聞きましたか?」

 父親が何かを思い出した様子だった。僕が首をひねりながら見ると彼が言った。

「昨夜、吸血鬼が二人、殺されたそうで」

「殺された?」

 僕が聞くと父親は申し訳なさそうに頭を掻いていた。

「それが、ちょっと言いにくいのですが」

「ハンター、ですね」

「ええ」

 僕らの国、吸血鬼と共存する国にはハンターと呼ばれる者が存在する。ハンターの資格を持つ者ならば古代吸血鬼を捕まえようが殺そうが自由なのだ。

「ということは、二人は古代吸血鬼で、おそらくつがいだったということか」

「ええ、古代吸血鬼はもうこの街にはいないと思っていたのですけどね。彼らは何をしでかすかわからないので我々も恐怖ですよ」

 古代吸血鬼の中には人間だけではなく、新世代吸血鬼にも襲いかかる者がいるのだ。

「先生も気をつけてください。アンドリュー先生は狙われやすいと思いますから」

「わかりました。ご心配ありがとうございます」

 フィンの歯を僕特製のヤスリで削り終え、吸血鬼用に調合した僕オリジナルのビタミン剤を処方して吸血鬼親子のケアは終わりだ。

「フィン、吸血鬼のほうが体力も運動神経も人間よりすぐれているんだ。だからカランにももう少し優しくしてあげてね」

 診察台から降りたフィンに声をかけた。見た目は子どもだが吸血鬼のパワーは人間より強い。

「はぁい」

「先生、ありがとうございました」

 父親がフィンの手をとり頭を下げていた。

「いえいえ、ではまた」

「先生さようなら」

「はい、さようなら」

 僕は二人を笑顔で見送った。





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