ハートオブ・ヴァンパイア
クロノヒョウ
第一章 アンドリュー・ハーグ
第1話
転んで擦りむいたという小さな腕の大きな傷。消毒液をぬる僕のことを涙目で見つめる少年は痛みを我慢しているのか歯をくいしばっていた。
「よし、カラン。これで消毒は終わったよ。あとはエリサがお薬を塗ってくれるからね」
僕がそう言って笑いかけるとカランは肩で大きく息を吐きながらうなずいた。
「エリサ、あとは頼む」
「はぁい。あら、また来たの? カラン」
診察室に入ってくるなりそう言ってカランの腕を見た看護師のエリサ。彼女は慣れた手つきで薬が塗ってあるガーゼを傷口に乗せた。
「痛っ! だってあいつが、フィンがいつも喧嘩ふっかけてくるんだもん」
エリサを見上げながら頬をふくらませるカラン。
「ふふふ。仲良しなのね」
「ち、違うよ! フィンのやつ、ちょっと運動神経がいいからって俺に、お前はあの木には登れないだろうって言うから」
手際よくカランの腕に包帯を巻くエリサは楽しそうに笑っていた。
「あら、わかったわ、それで木に登ろうとして落ちたのね」
「むぅっ、ねえ、もういい?」
カランは小さな頬を大きく膨らませるとそう言って立ち上がった。ちょうど包帯を巻き終えたエリサが「いいわよ」と言うと、カランは肘の上まで上げていた袖を元に戻しながら嬉しそうに笑っていた。
「今日は傷口を濡らさないようにね。バイ菌が入ると炎症をおこしちゃうから」
すぐに走り出しそうなカランの腕をつかんで僕はそう言った。
「はぁい。アンドリュー先生、ありがとうございました!」
手を離すとカランは僕に向かっておじぎをしていた。
「はい、お大事に」
走って診察室を出ていくカラン。子どもというのは本当に元気いっぱいだ。
「あ、エリサ、それ片付けたら今日はもう終わりにしよう」
消毒液やガーゼの片付けをしているエリサの大きな背中に声をかけた。綺麗にまとめられたシルバーの髪の毛はいつも頭のてっぺんに乗せられている。足首まであるゆったりとした紺色のワンピースに身を包み、その上からやけにフリルがたくさん付いた白いエプロンを身につけるというエリサのスタイルは毎日同じだ。アンフィルミエル(看護師)というよりはママンという言葉がしっくりくるような格好は僕が指示したわけじゃない。彼女は出会った時からずっとこれなのだ。
「わかりました、先生」
「ラナにもそう伝えてくれるかな」
「はい」
エリサの返事を聞いた僕はクリニックを出て、自宅にしている二階の部屋に戻ることにした。ラナというのはエリサの娘なのだが、僕よりもかなり年上だ。そんな母娘がまだ医者になったばかりの未熟な人間の僕なんかのお手伝いをしてくれているのには本当に心から感謝している。
あとは二人が片付けと掃除を終えてからクリニックを閉めてくれるだろう。その間、少し仮眠をとることにしよう。部屋に戻った僕は脱いだ白衣をハンガーに吊るしてからベッドに横になった。夜の診療までの休憩だ。これが僕の一日のルーティーン。
この医療機関『ノクターンチャイルドクリニック』は、昼間は子どもたちの怪我や外傷を治療する病院だ。表向きはそうなのだが、僕にはエリサにもラナにも秘密にしている裏の顔がある。
僕の名前はアンドリュー・ハーグ。またの名を、吸血鬼専門医『ヴァンパイアホスピタリティー』という闇医者なのだ。
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