氷の騎士
次回は18時に更新です!( ̄^ ̄ゞ
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どうして、こんな目に? というのが、素直な感想であった。
『聖女様! 私共から離れないでくださいっ!』
『クソッ! あのゲス司教! 俺達のことをハメやがったな!?』
『絶対に聖女様だけはお守りしろ! なんとしても、だ!』
ただ、怪我をして神の祝福を求める人達がいるからと。
そういう話であれば救わなければと、足を運んだ先は―――まさかの戦場。
逃げ出そうと回れ右をしようとした頃には、戦場は自分達を囲うように広がっていった。
まるで、自分達が来るのを待ち構えていたかのように―――
(しゅ、主よ……ッ!)
ウィンプルから覗く、艶やかな金髪を携える少女———アリスは騎士に囲まれながら思わず祈ってしまう。
現実を見た方がいいと、そう思われるかもしれないが縋ってしまいたくなる理由も分かる。
何せ、たった十四の少女が剣と魔法が飛び交う戦場に生身で取り残されたのだから。
いくら大抵の傷を治せるからといって、死ぬのはもちろん怖い。
それと、自分のせいで傷ついてしまう誰かを見るのも……怖い。
『だ、誰か助けてくれっ!』
『なんで俺達は戦争なんてしてんだよ!? こんな予定、聞いてないぞ!?』
『見逃してくれよ! 俺には大事な娘がッ!?』
慎重に逃げる中、どこからともなく兵士の声が聞こえてくる。
自分達と同じ。どうしてか分からない
もしかしたら、自分を狙う誰かの思惑に巻き込まれ、無理矢理戦争をさせられているのかもしれない。
そう考えると、少女の胸にさらなる罪悪感が募ってしまう。
(なんで、私は狙われているの……?)
心当たりがないわけではない。
自分という別派閥の聖女を鬱陶しく思い、処分したいと考えている大司教がいる。
実際問題、今回のお役目もその大司教から与えられたもの―――戦争という体裁で、自分を事故に見せかけて殺そうとしているのだろう。
「ふざ、けんな……ッ!」
思わず、聖女らしくもない言葉がアリスの口から漏れる。
しかし、それもまた仕方のないことだ。
素が出てしまっても、誰もこの場では咎めることはない。
「自分の都合で誰かを巻き込むなんて……ッ!」
そう思った瞬間、ふと目の前を赤黄色い光が通過した。
すると、庇うように立っていた一人の騎士の全身が火に包まれ、苦しみながら地面へと倒れる。
「は、早く火をっ! このままだと治療ができない!」
『はいっ! おい、こんなところで死ぬなよお前……!』
一人の騎士が持っていた水筒の水をぶっかける。
それだけではなく、布巾で叩くように火を追い払う。おかげで、火傷の痕だけを残して火が体から消えていった。
(火さえ振り払えば、私の手で治せるッ!)
しかし、そんなに甘くないのが戦場。
負傷している人間ほど、団体において足手纏いなことはない。
ここぞとばかりに、敵と認識した他の兵士達の剣先が自分達へと向けられる。
『クソッ! こんな時に!』
少女のことを最優先に思っている騎士達が、襲い掛かってくる兵士と剣を交わす。
先程まで離れた場所からでしか聞いていなかった金属音が間近に迫り、少女は思わず耳を塞いでしまった。
それでも、倒れている自分の騎士を助けなければ。
涙目を浮かべながら、唇を噛み締めて手から淡い光を生み出し、倒れている騎士に当てていく。
(なんで、私ばっかりッ!)
ただ両親を失って、教会で育って、女神に見出だされて聖女になって。
本当のことを言えば、自分は聖女になどなりたくはなかった。
ただ、人並みに幸せを謳歌して。美味しいものをいっぱい食べて、色んなところに行ってみて、裕福でなくてもいいから幸せな家庭を築いて。
今度、教会の計らいで王都にある学園に通わせてもらうことになった。
それがどれだけ嬉しかったことか……自分の子供のように可愛がってくれた別の大司教に、思わず抱き着いてしまったほど喜んでいたのを覚えている。
けれども、そんな憧れた些細な人並みの幸せも、今奪われようと―――
『せ、聖女様ッ!』
騎士の一人の叫び声が耳に届く。
声のした方を振り向いてみると、そこには抜け出して剣を振り下ろそうとする兵士の姿が。
「…………ぇ?」
思わず、少女の口から驚いたような言葉が漏れた。
けれども、それはいきなり目の前に敵が迫っているからとかではなく。
視界の端。
いつの間に、と。そう思ってしまうぐらい。
氷の甲冑を纏った一人の少年の姿がソフィアの瞳に映った。
周囲の人間など比べ物にならないほどの威圧感と異様感。
その騎士は氷でできた剣を鞘から抜き、おもむろに地面へと突き刺し―――
「ッ!?」
戦場すべてが、氷の膜で覆われた。
剣を交わしていた人間、逃げようとしている人間、そのほとんどを飲み込んで。
そして、辛うじて氷に囚われなかった兵士達にゆっくりと視線を移した―――これ以上戦うなら殺す、とでも言わんばかりの空気を漂わせて。
その意を汲み取ったのか、それとも一瞬で戦争を終わらせてしまった謎の少年に気圧されたのか。
―――誰も動こうとはしない。
どうしてか氷の膜に覆われなかった自分や自分の騎士達も、動くことはできなかった。
だが、少年はそんな自分へお構いなく……ゆっくりと、近づいてきた。
「な、なに……?」
思わず警戒してしまう。
騎士達も急に訪れた寒さで震える手を握り締めて、少年へ剣を向けた。
しかし、少年は気にした様子もなく近づき……徐に、アリスの頭へ手を置いた。
「~~~~ッ!?」
ひんやりとした感触。ただ、それ以上に安心感を与えてくれる。
それが意味が分からなくて。自分の感情なのに、アリスは戸惑ってしまった。
ただ、氷の甲冑を纏っている少年はそれも気にした様子もなく彼方へ指を向ける。
……なんとなく、どうしてか伝えたい意図が伝わってきた。
『早く行って、ここは僕がなんとかするから』
それはアリスだけではなかったのか。
傍にいた騎士はアリスの腕を引っ張り、走り始める。
「あ、あのっ!」
『行きましょう、聖女様! 今のうちに!』
障害も立ち塞がる敵もいない凍った地面を、アリス達は走り始める。
思わず、アリスは振り向いた……突然現れては、戦場を氷漬けしてしまった少年を見るために。
だが、少年は振り向かない。
氷の剣を突き刺し、戦場がどう動くのか寡黙な態度で見守っている。
ただ、その背中はどこか自分達が逃げ切るまで守ってくれているかのようで───
(まさか、私を……)
助けるために、現れてくれたのでは? なんて、思ってしまう。
分からない。何一つ喋ってくれないから。
しかし、そう考えると……どうしてか、寒い大地にいるはずなのに、顔が熱くなってしまう。
それどころか、耳にハッキリ届くほど心臓がうるさく鳴っていて。
(
昔、読ませてもらった絵本に出てくる王子様。
吟遊詩人が謡う英雄譚の主人公。
どうしてか、アリスの瞳には『氷の騎士』の背中が……そんな人物達と重なって見えた。
───この時のアリスはまだ知らない。
あの少年が、今巷で噂となっている『氷の騎士』ということを。
関係のない誰かが泣くのを見捨てられなくて、颯爽と戦場に現れる英雄だということを。
しかし……どうでもよかった。
何せ───
(ありがとう、ございます……
客観的ではなく主観的に。
アリスという女の子の瞳に映る少年は間違いなく───
次の更新予定
2024年12月21日 18:00
辺境伯家のクズ息子である僕が戦場で陰ながら人々を救っている『英雄』だとバレた。そして、何故か学園の騎士団に入らされた。 楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】 @hiiyo1012
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