辺境伯家のクズ息子である僕が戦場で陰ながら人々を救っている『英雄』だとバレた。そして、何故か学園の騎士団に入らされた。
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
プロローグ
一つ、面白い話をしよう。
最近噂になっている『氷の騎士』という
数多の戦場に突如現れては、ただ戦場を支配するような力を振るい、戦争を終わらせる。
決してどちらの味方につくとか、そういうのはなく……本当に、何も言葉を発さずにただただ戦争を終わらせるのだ。
迷惑じゃ? なんて思うかもしれない。
確かに、戦争をしている側からしてみれば迷惑だろう。
しかし、『氷の騎士』が現れる時は決まって、戦争に巻き込まれる誰かが存在する。
無関係な一般人、ただ立場が利用しやすいというだけで命を狙われる女の子、戦場にされそうになった村の子供達。
―――それは、まるで吟遊詩人が謳う詩に出てくる
容赦のない攻撃、誰とも会話を交わさない、氷の魔法を扱う、騎士のような甲冑を纏っていることから、皆は敬意を表し『氷の騎士』と、そう呼んだ。
ただ、その正体は誰も知らず。
容姿は氷でできた薄透明な甲冑に隠され、一言も喋らないことから声質も分からない。
背丈の雰囲気から十五歳前後の少年だということが予想できるだけ。
その正体を、巷の人々は誰もが知りたがっていた―――
「やりやがったな、あのクソ記者がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
とある平日の昼下がり。
隣接する三国との国境付近にある辺境伯領―――その領主の屋敷にある一室にて、少年の叫び声が響き渡る。
しかし、屋敷には誰もいないのか、それとも特に気にすることもないと判断したからなのか……部屋には誰も入ってくる気配はない。
その代わり―――
「もぅ……いつまでうだうだ言ってるの?」
部屋のテーブルで紅茶を淹れるメイド服の少女が、同い年の少年を見てため息をつく。
ウェーブのかかった艶やかな紅蓮の長髪に、燃えるようなルビーの双眸。歳相応のあどけなさもありながらも、美しく整いすぎた顔立ち。
間違いなく百人が百人、横を通り過ぎれば必ず目を奪われてしまうであろう容姿。
そんなメイドの少女―――リーゼロッテは、執務机に突っ伏して泣いている少年の下へ、そっと紅茶を運ぶ。
そして、机にある新聞を手に取って少しばかり楽しそうに、口元を綻ばせた。
「【あの『氷の騎士』の正体、実は辺境伯家のクズ息子!?】ねぇ……ふふっ」
チラリと、豪快に涙を流す少年の耳元に口を近づけ―――
「もうバレちゃったなら仕方ないじゃない―――あなたが『氷の騎士』だってこと♪」
「よくないんだよもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!」
短く切り揃えたミスリルのような銀の髪をした少年―――ユリス・ガーランドは、今日何度目かの叫びを上げる。
歳は今年で十五歳。
三つの国と隣接する国境線沿いに領地を持つ辺境伯家の次男坊であり、巷ではかなり悪名高い少年である。
辺境伯家は、まさに国境の
代々、王国を守るために国に忠義を捧げ、王国最大の軍隊を率いて国民の平和を守ってきた由緒正しき一家だ。
今代でも、現当主を筆頭に姉や兄達が次々に功績を挙げ、ある意味王国の中では王家に次ぐ発言力を持っている。
―――そんな中で、『恥晒し』とも呼べる出来損ないが一人。
戦場に出る意思もなければ、剣も振ろうとも、魔法を学ぼうともしない無能。とにかく自堕落した生活を好み、由緒正しき辺境伯家の人間とは思えないほどの腐りきった根性をしている。
そのため社交界では誰もが嫌悪し、貴族にとっては適齢期を迎えそうにもかかわらず縁談の話もきていない。
それが、ユリス・ガーランドという少年。
そして、巷で誰もが尊敬して憧れる……『氷の騎士』の正体である。
「追い込まれた……本当に追い込まれてしまったッ! この新聞が父さんか兄さんか姉さんの目に留まれば、間違いなく僕は血と汗と涙が零れる戦場と自宅を行き来する社畜になってしまう……ッ!」
「まぁ、あの血気盛んで正義感の強いご当主様だったら、そうなるわよね。何せ、あなたって客観的に見ても辺境伯家の中で才能はダントツでしょう?」
「そ、そんなことはないと……思われるきっとッ!」
必死に拳を握って訴えるが、リーゼロッテはさも気にしない様子で話を進める。
「で、どうする? 今のうちに戦場でも快適に寝られそうな寝袋でも開発してみる?」
「それよりも、まずは顔も名前も好きな食べ物もご近所様には言えない性癖も知らないストーキングとパパラッチをしやがったこの記者をぶん殴って今からでも新聞の配布停止を―――」
「こんな辺境に届いてきた時点で「手遅れお察し(笑)」でしょうけどね」
「……ねぇ、なんで笑ったの!? 笑う必要なかったよね分かってるもんこんちくしょうッ!」
はいはい、ごめんなさいね。
なんて楽しそうに言いながら、リーゼロッテは椅子に座るユリスの膝の上に腰を下ろし、上品に紅茶を飲み始めた。
「なんで僕の膝の上に座り始めたの、君?」
「え、甘えたかったから?」
「わぁお、なんて
慣れているのか、それとも「仕方ない」と諦めているのか。
ユリスはそのまま膝の上に座るリーゼロッテの頭を優しく撫でながら、少しだけ天を仰ぐ。
「毎回思うけど、リーゼロッテって軽いよね」
「そうかしら? まぁ、これでも体重とかスタイルには気を遣ってるし……」
「全然重くないし、手足も細いし、腰回りもスラッとしてるし、胸は貧相だし―――」
ズプリ♪
「胸が、なんですって?」
「目がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!?」
思わず椅子から転げ落ちてしまいそうになるほどの痛みが瞳に走ったユリス。
両目を手で押さえているのに、ちっとも涙が止まらない。
「私は別に小さくないし……ほら、上から覗いてみなさいよ。ちゃんと谷間あるもん」
「覗かしてもらえるなら堂々と鼻の下を伸ばしながら覗きたいんだけどね……覗くための瞼が開かないの……」
リーゼロッテはご不満なのか、可愛らしく頬を膨らませる。
しかし、その姿も現在見られない状況になっているユリスはとりあえず咳払いを一つして、話題を逸らすことにした。目の前の女の子が怒ってるかもしれないので。
「と、とりあえず……これからのことを考えよう」
リーゼロッテを膝の上に乗せたまま、口を開く。
「周囲の風評とかはぶっちゃけ気にしないタイプだし、「かっこいい!」とか「イケメン!」って言われてもどうでもいい」
「前までに流れてた風評が一つも掠ってないわね」
クズ息子だ恥さらしだ、などといった悪評はどこに行ったのか? 確かに『氷の騎士』はいい話しか聞かないが、随分と評価の高い少年である。
「それよりも僕の家族だ。僕が無能じゃなくて使えるってなったら、あの愛国家達は間違いなく僕を戦争に連れ出したがる」
「……別に行ってあげたら?」
「嫌だよ!? 僕は今まで通りゆっくり朝起きて平和なのんびりとした自堕落ライフを───」
「だって、困ってる人がいたら見捨てられないでしょ?」
「…………」
「わざわざ、辺境伯の特権を使ってまで国内の情勢を調べ上げて、次に起こりそうな戦争を予測して、前乗りして終わらせたり……」
リーゼロッテは顔を後ろに向けて、可笑しそうに笑う。
「この戦争は不毛だって、泣く誰かがいるからって……子供なのにどこにだって、拳を握りに行くじゃない。私の時と同じように」
その笑顔に見惚れたからか、はたまた図星で何も言えなかったからか、はたまたどっちもだからか。
ユリスは顔を真っ赤にして押し黙り、視線を逸らしてしまう。
そして、誤魔化すように───
「そ、それはそれこれはこれ! 僕は自堕落な生活を謳歌したい……!」
「はいはい、できるといいわね」
「一応、僕の中では『家出』、『出家』、『七十年ほどのバカンス』のどれかを候補に考えてはいるんだけど……どれがいいかな?」
「安心しなさい、どれも一緒よ」
ただ言い回しが違うだけである。
「あ、そういえば」
すると、膝の上に乗っているリーゼロッテが、何かを思い出したかのような反応を見せた。
そして───
「今朝、ご当主様の代わりにお姉様が早馬でこっち向かってるって話……伝えるの忘れてたわ」
「早く逃げるよはりあっぷッッッ!!!」
「ふふっ、お姉様から逃がさないようにって言われてるからだーめ♪」
はしたなくも窓から逃げ出そうとした少年は、可愛くも美しい少女に抱き締められたことで止められ、
「逃げようとしたら燃やせとも言われているわ♪」
「離せっ! このままじゃ僕が餌ももらえない戦場を生きる馬車馬になっちゃうからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
冷徹に、誰かのために拳を握り続けてきた少年の物語は、正体がバレてしまったところから始まった―――
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次話は12時過ぎに更新!
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