第20話 やさしさ


 唯舞いぶが席につくとホログラムモニターがブンと軽い音を立てて起動する。

 最初こそはこのモニターの技術にとても驚いたが、不思議と人は一カ月もすれば慣れるようで今では現世のスマホと大差なく使うことが出来るようになった。

 唯舞を心配してか、先ほどから使い魔達が出ては消え、出ては消えを繰り返し唯舞の周りをうろついている。



「…………もしかして、イブさん具合悪いです?」

「え?あ、あぁ……えと、まぁ。でもあと三時間だし大丈夫ですよ」



 まさかリアムに気付かれるとは思わず、唯舞はたどたどしく笑った。

 あまりにも使い魔達がウロウロしていたからか、自然と他の二人の意識も自分に向いたことに気付いて唯舞は内心苦笑する。

 完了したタスクにチェックをいれて、更新されている週間予定表を確認していた所でふと通知用のポップアップが光った。

 

 

 (……?あれ、今日の予定が……)

 


 基本的に9時から18時までが基本業務時間なのだが、唯舞の今日の予定が15時退勤になっている。

 モニターの時間を確認すればもう14時半を過ぎているから就業終了まであと30分もない。

 こんなことを指示出来るのはアヤセかエドヴァルトくらいだ。

 

 一生懸命頭を擦り付けてくるブランの白いふわふわな頭を片手で宥めて視線を上げると、ぱちりとアヤセの瞳とぶつかった。

 今度はポンっと個人メッセージが届き、すぐさまモニターに視線を戻す。

 


 ”体調管理は基本だ。さっさと帰れ”



 「……ぁ…………」


 

 差出人はアヤセだ。どうやら早退の許可を出してくれたのは彼らしい。

 もう一度唯舞が視線を上げた時にはアヤセはすでに仕事に戻っており、即座にもう一通メッセージが届く。



 ”アヤちゃんが素直じゃないこと言ってきたかもしれないけど、あれ、ただ心配してるだけだから。今日は帰っても大丈夫だよ、無理させてごめんね”



 差出人のエドヴァルトに視線を向ければパチンとウィンクで返された。

 肩にまとわりついていたノアとブランはいつの間にか唯舞の膝におりてコテンと丸くなっている。



 (……ふふ。天然湯たんぽ)


 

 小さいけれど、温かい体温を太ももと下腹部にじんわりと感じて唯舞はその背中を優しく撫でた。

 とにもかくにも今回は、もしかしたら転移してきたストレスも相まってなのか、いつも以上に体調が悪い気がしていたので唯舞は有難くアヤセ達に甘えることにした。


 

 ”すみません。ありがとうございます”

 


 二人にお礼のメッセージを返信してから、唯舞は残っている仕事だけキリよく片付けて執務室を後にした。



 

 *




 ――コンコンコン


 

 自室のドアがノックされて唯舞はうっすら目を開ける。

 聞き間違いかとも思ったが、再度ノックされたので体を起こしながらも返事をすれば、ひょっこりとドアから顔をのぞかせたのは意外な人物だった。

 


 「やっほーイブちゃん。調子はど?」

 「……ミーアさん?」


 

 跳ねる髪を一つに纏め上げ、いつものラフなスタイルにモッズコートを着込んだ制服管理庫のミーアがそこにいた。

 ビニール袋片手に部屋に入ってきたミーアは慣れた手つきで暖房を入れてから、椅子をベッドサイドまで運んで腰かける。



 「体調崩したって?……もう、アイツらったら女の子を働かせすぎなんじゃない?」


 

 大丈夫?とミーアの手が唯舞の額に触れる。

 アルプトラオムのメンバーはとてもよくしてくれるけれど、こういった時には同性の対応がとてもほっとした。


 

 「大丈夫です……体調を崩したというか、その……生理痛が酷くて」

 「あら、それはアイツらには言えないか。二日目?いつも酷い感じ?」

 「一日目です。ただ、今回は特に酷くて……」

 「そっか……色々あったからね、心も体も参っちゃったのかもね。――ちょっと待ってて」


 

 ミーアはそう言うとバングルを操作してピッと耳元に指を当て、どこかに電話を掛けはじめた。



 「――あ、もしもし、あーちゃん?あたしだけど。イブちゃんね、私権限で明日休ませるから。――はぁ?あたしが休ませるって言ってるんだからあーちゃんは文句言わずに休ませなさいよ。――うん、はい、それでよろしい。んじゃね」

 

 

 ほんの30秒足らずの会話に唯舞が口を挟む暇もなくミーアはあっさりと通話を切った。

 

 他部署から鬼だとか悪魔だとか言われているアヤセが、恐らくは完全に押されているのはなんだか凄く新鮮だ。

 唯舞を再度寝かせるよう促しながらもミーアはまるで姉のように微笑んでくれる。



 「はい、これで明日のイブちゃんの仕事は休むこと。……いっぱい頑張ったわね、ゆっくり休んで」


 

 そういって優しく頭を撫でてもらえば現世の家族のことが無性に恋しくなって、目に薄い涙の膜が張ったのに気付いた唯舞は思わずシーツで顔を隠した。



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