第19話 使い魔と体調不良
ちらちらと舞い始めた雪を廊下の窓越しに見上げてから、唯舞はファイルを抱えなおして執務室に急ぐ。
この世界の生活水準は元の世界と似通った部分も多く、その点があったからこそ唯舞も比較的早い段階で順応することが出来たし、家族や友人ら現世に残してきたことを深く考える間もなく忙殺されたのは逆に良かったのかもしれない。
生活水準が似ていると言っても、この世界は
電気やガスといったものも全て
戸惑う事も多々あったが、その度にリアムやエドヴァルトが、稀にアヤセも手助けしてくれたのでなんとか過ごすことが出来ていた。
そんな忙しなく過ぎた一カ月。
唯舞が気を抜いた頃合いでその
(あ――……まずいなぁ)
ぐっと下半身を押さえて唯舞は壁に寄りかかる。
鎮痛薬は飲んだけれど、この世界の薬がどこまで効くかはまだ初めてだから分からない。
冷や汗が薄く滲んで、軽く額に触れれば汗と共に手の冷たさを感じてはぁと浅く息を吐いてから唯舞はぎゅっと目を瞑った。
元々、月経痛は強いほうだったから最初の段階で鎮痛剤は購入していたのだが、いつだって効き目が出るまでの時間は本当に苦痛でしかない。
特にアルプトラオムは男集団だからこの手の話題について気安く話せるわけもなかった。
『イブ、イブ』
『ねぇ大丈夫?どこか痛い?』
耳元で愛らしい二つの声が聞こえて薄く目を開けば、白と黒の毛並みを持つ二匹の仔猫が綺麗なアイスブルーの目で唯舞を心配げに見つめてきた。
「ありがとう、ノア、ブラン。大丈夫だよ」
『ほんと?でもイブ、辛そう……』
『つらいならボクがマスターに言おっか?』
「うんん、平気。中佐には内緒にしててね。ありがとう、ふたりとも」
彼らを安心させるように小さく微笑んで、片手でよしよしと二匹の頭を交互に撫でればごろごろと喉が鳴る。
不思議とその音と手から伝わるふわふわの綿毛のような柔らかい感触に少しだけ痛みが和らいだような気がした。
この喋る子猫達はもちろん、ただの猫ではない。
唯舞がこの一カ月の間で、厄介な部署を除いてだが書類提出等の外仕事も多少は任せてもらえるようになったので、その護衛としてつけられた”使い魔”というものらしい。
アルプトラオムは元々各所から反感を買っている部隊でもあるし、唯舞の身に何かあっては遅いとエドヴァルトがアヤセに頼んでつけてくれたものだった。
ちなみに名づけたのは唯舞で、白い仔猫がしっかり者のブランで黒い仔猫がマイペースなノアだ。
二匹ともあのアヤセが作り上げたとは思えぬほど、活発で感情豊かな愛らしい使い魔である。
おろおろした様子の二匹に再度大丈夫と笑えば、二匹は不満げな視線を残したが、すっと宙に霧散したので唯舞は気を引き締めるようにしてから執務室のドアを開けた。
「あーおかえり~唯舞ちゃん」
「おかえりなさい、イブさん。代わりに届けてもらってありがとうございます」
執務室には珍しくアヤセ、エドヴァルト、リアムの三人が揃っていて唯舞は少し驚く。
いや、よくみればエドヴァルトは逃げられないよう椅子に
下半身を完全拘束されたままデスクに強制ぴったんこさせられているエドヴァルトと書類整理をしていたリアムがほぼ同時に声をかけてくれた。
「戻りました」
じっとしていると痛みの逃がし場所に困るから今日は率先して外回りの仕事をこなしているのだが、そろそろ動き回るのも難しいかもしれない。
そう考えながらも唯舞は小さく呼吸を逃がしてから自席に戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます