第18話 ふたり


 

 (中佐って、コンビニとか使うんだ)


 なんとなくミスマッチ感を覚えないでもなかったが、サッと店内に入っていくアヤセを追いかけるように唯舞いぶもコンビニに足を踏み入れる。

 

 店内は唯舞が知るコンビニよりもかなり広々と余裕を持った作りになっていて、パンやサンドイッチといったお馴染みの軽食を中心にホットフードや冷凍食品、スナック類にデザート類。

 さらには文房具ステーショナリー、日用品といった雑貨も日本の倍以上は充実している。

 

 さすがに”おにぎり”のような分かりやすい米商品はなかったが、リゾットは何種類かあったので米大国日本育ちの唯舞にとってはとても有難い。

 レジ周りに至っては普通のコンビニと何の遜色もなく思えた。


 

 (あー……うん、でもやっぱりちょっと違うか)


 

 唯舞が目に留めたのはレジ横に並べられた訓練用品や備品などの売れ筋商品だ。

 別の棚には手袋グローブやヘッドライトに各種手入れセット、バックパックやゴーグルなどがずらりと奥まで陳列されている。

 

 これらは軍からも一応支給はされるのだが、支給数はそれぞれ決まっているし、緊急に必要になった時や消耗してしまった場合は次の支給が来るまでは自己負担なのだとミーアからも聞いていた。


 

 (軍の食堂は遠いって聞いていたし、ここなら近くて便利だなぁ。……あ、そっか。中佐は場所を教えてくれたんだ)

 

 

 今、唯舞の指導係でもあるリアムはそばにいない。

 しかも、多分だが昼休憩の時間帯でもあったからアヤセが唯舞を連れてきてくれたのだろう。

 

 ただ、何も言わずに”ついてこい”の一言だけだったからなんとも言葉足らずな人だなぁと唯舞はコーヒーを購入するアヤセの姿に少しだけ苦笑しつつ、野菜がふんだんに使われたグリルチキンのバケットサンドとレジ前で売られていたカップ式のコンソメスープを手に取って会計を済ませた。

 


 「………………えっと、中佐。買ったのってまさかそれだけですか?」


 

 店から出た唯舞はアヤセの手元にさっき購入していたホットコーヒーしかない事に気付いて思わず声を掛けた。

 

 

 「そうだが」

 「……お腹空きません?」


 

 さも当然のように返されたが、若い成人男性で、仮にも戦闘員でもあるアヤセのお昼ごはんがコーヒーだけとはいささか不健康すぎやしないだろうか。

 これはあれか。プロテインとかサプリメントで何とかしているってやつだろうか。

 

 そんな唯舞の視線にアヤセはあぁと面倒な事を思い出したのか、気だるげに背中を向ける。


 

 「今日は14時から上層部との会食が入っている。だから問題ない」


 

 戻るぞときびすを返すアヤセに唯舞は納得した。

 

 お偉方との会食など唯舞なら食事が喉を通らない気もするが、アヤセは誰であろうと容赦なく叩き潰すみたいな事をミーアも言っていたからそのあたりは確かに”問題ない”のかもしれない。


 

 「そうですか、それなら安心です。……ここを教えて下さってありがとうございます、中佐」


 

 唯舞が彼の背中に小さく微笑めば、珍しくアヤセの足が止まった。

 軽く振り返った彼の双眸には薄紫色の容姿をした異界人の姿がある。

 

 異世界から強制召喚され見ず知らずの土地に投げ出されたにも関わらず、唯舞かのじょが泣き叫んだり混乱したり、ましてや自分達に恨み言を吐いたことなど己の知る限りではなかった。

 

 ただ、たった一度だけ、元の世界に戻れないと知った時に静かに涙をこぼしただけだ。

 

 

 (何故この女はこんなにも落ち着いている)


 

 勿論騒がれたところで迷惑なだけなのだが、そうしないどころかこの世界に順応しようとしている唯舞にはほんの少しだけ違和感と興味が湧いた。


 

 「あー!アヤちゃんが唯舞ちゃんとデートしてるー!」

 

 

 ぐっとアヤセの眉が寄って眼光が刺すように光り、唯舞が振り返ればそこには笑顔のエドヴァルトと疲れ果てて書類を抱えるリアムの姿があった。


 

 「……貴様、許可はちゃんと取ってきたんだろうな」

 

 「ふっふーん。アヤちゃん、俺を誰だと思ってるの?もっちろん、平和的に許可取ったに決まってるでしょ!」

 

 「そうですね。相手の机に足のっけて脅迫すればそりゃ誰でも許可しますよね。どこぞのガラ悪いチンピラかと思いましたよ。はぁ……これでまたアルプトラオムうちの評判が……」

 

 「何言ってんのリアム!お陰で交渉は30秒で終わったじゃん!」

 

 「大佐を探すのに30分かかってますからね!?」

 

 

 いつものエドヴァルトとリアムの小競り合いが始まって唯舞はふふっと笑う。

 アヤセとのふたりきりでいたあの静けさも好きなのだが、こうやってまるで学生のように騒いでる彼らの姿を見るのもまた、特別好きになってしまったようだ。

 


 

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