第5話 異世界と異界人②

 

  

 あの後、唯舞いぶはリアムに案じられながらも何とか元いた施設から南西に離れた彼ら専用の兵舎までたどり着き、室内に案内された。

 表面上は何の変化もないように思われるかもしれないが、ここで騒いだところで事態は変わらないと分かっているからひとまずの冷静さを保っていられるだけである。


 そんな唯舞の様子を少々気遣わしげに見ながらもリアムは説明を続けた。


 

 「僕らがいるこの世界には4つの国がありまして、僕達がいる軍事国家ザールムガンド帝国と宗教国家リドミンゲル皇国、あと多数の小国が集まったアインセル連邦と魔法学術都市レヂ公国。これが主だった国です。そしてイブさんはその中のリドミンゲル皇国に異界人として召喚されたんだと思います」

 「…………………………はぁ」

 

 

 出た、混乱も吹っ飛ぶ例のカタカナ呪文だ。

 


 (もう覚えられる自信がないからちょっとスマホにメモりたい……あ、そっか。録音)


 

 それに気づいた唯舞はひとまずスマホのボイスレコーダーをオンにしてから促されたソファーに腰を下ろした。

 多分、今の状態でリアムから説明されても、ものの見事にきれいさっぱり忘れそうなので落ち着いた後にでもゆっくりと聞き返したほうがいいだろう。

 

 そうでもしないと心に余裕がない今は話は右から左へ流れていくだけだ。

 

 

 「4つの国のうち、うちとリドミンゲル皇国は二大国家としてずっと交戦状態でして……100年くらいはずっと小競り合いが続いているって感じです」

 「100年……ですか。それは、長いですね」


 

 さっき見た戦闘が小競り合いとは思えないが、平和な日本で育った唯舞にとって戦争は教科書か、他国間の出来事でしかない。

 それでもその悲惨さは十分に理解しているし、そんなに長期間戦争をして国や国民は疲弊しないのかと純粋な疑問を感じてしまう。

 戦争とは資金も物流も生命ですら簡単に失われてしまうものだ。

 そして、そこで傷つくのはいつの世も末端の国民だということを決して忘れてはいけない。


 

 「領地の問題もあるんです。昔はもっと国数も多かったんですが、理力リイスの減少で砂漠化が進んで住み場がなくなってしまって」

 「……リイス?」

 

 

 唯舞の質問に併設された簡易キッチンから二つのカップを持ってきたリアムはあぁっと声を上げる。

 ローテーブルに置かれたカップの中には黒い粉末だけが入っていた。

 

 

 「そっか、異界人の世界には理力リイスはないんでしたね。魔法みたいな力っていえば分かりますか?」


 

 唯舞の目の前でリアムがパチリと指を鳴らすと、粉末だけだったカップに一瞬で水が満たされて、その上をリアムの手がスッとかざすだけでほかほかと湯気が立つ。


 

 「わぁ……!」


 

 まるで鮮やかな魔法マジックを見ているようだ。

 そろりとカップを手に取れば間違いなくその陶器は温かくて、かぐわしい香りが鼻腔を擽り、粉末の正体はコーヒーだったのかと気付く。

 


 「これがこの世界で理力リイスと呼ばれる魔法です。無尽蔵に使える力ではありませんが、自分が使えるだけの力を精霊から貸してもらうことが出来るんです。あ、混ざってるので飲んでも大丈夫ですよ、ブラックで大丈夫ですか?砂糖ならありますけど」

 

 「あ、はい。このままで大丈夫です」


 

 取っ手を持ち、支えるようにもう片方の手でコップを持てばじんわりと指に熱が広がって、先ほどまでの寒さが蕩けていくようだ。

 飲み慣れた苦みの中に少し酸味を感じる味は少しだけ現世を思い出させる。

 同じ飲み物のはずなのに、ここは地球とは全く違う世界なのだ。


 

 (泣いても、何も状況は変わらない)

 

 

 湯気で眼鏡が曇ったことをいいことに、唯舞は眼鏡を外して拭うついでに滲みかけた目元を軽く擦った。

 何も分からないけど、ここが異世界だというのならこうやって言葉や話が通じて、親身になってくれる人がいただけきっと状況はマシに違いない。

 


 「……さっきはすみません」


 

 人懐っこそうな顔が申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。


 

 「知らない世界で一番混乱するのはイブさんなのに。僕のほうがまだ知識があるのに驚いてしまって」

 「……ぁ…………」

 

 

 出会った時のことを言っているのだと気付く。

 確かにあの時の彼は凄く混乱しているように見えたし、逆に自分は何も分からずに混乱する余裕さえなかった。

 

 今理解出来ているのは、ここが地球とは全く違う世界で理力リイスという魔法のある戦争中の国であるということ。

 

 そして、自分はこの国と戦争をしている別の国が召喚した”異界人”という存在だということだけだ。


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