第4話 異世界と異界人

 

 

 「わ、分かりましたー!――えっと、イブさん……でいいですか?」


 

 慌ただしくエドヴァルトとアヤセが出ていき扉が閉まれば、さっきまでの喧騒が嘘みたいに静まりかえって室内がなんだか一気に寒々しく感じる。


 

 「あ……はい。唯舞いぶで大丈夫です。えっと……」

 

 

 誰だっけ?とはさすがに聞けない。

 ほんの数分前の記憶さえポンコツ過ぎてちょっと申し訳ないが、そんな唯舞の様子に彼は人懐っこそうな笑みを浮かべてくれた。


 

 「リアム・ラングレンです。リアムでいいですよ。こんな状況下で名前なんて覚えられないですよね」

 「……リアムさん」

 

 

 これがタチの悪いドッキリでもないのなら唯舞の脳内はいよいよ大混乱だ。


 

 (もしかしたら、異世界……とか?いやいや、あれは創作の話だし、そんな……でも……えぇー……?)


 

 ゲームや漫画が大好きな弟が異世界転生や異世界転移みたいなファンタジーの話をよく教えてくれた。

 何らかの形で死んで転生したり、ひょんなことから異世界に転移して魔法やチートを駆使して無双する、みたいなやつだ。


 

 「立てますか?あ、寒いかもしれないから大佐の上着はこのまま借りときましょう。あの人バカだから、寒くても大丈夫ですよ」

 「あ、じゃあ、もしかしてこっちのコートも……」

 「あぁ、大佐のですね。大丈夫です、女の子に使ってもらう機会なんてあの人早々にないですから」


 

 サッとリアムは唯舞の手元にあった上着を手に取り、肩に掛けてくれる。

 手馴れた様子になんて紳士的な青年だろうかと感心してしまうほどだ。


 ……上司への暴言いっていることはともかく。


 

 「とりあえず場所を移動しましょうか」

 

 

 どうぞ、とリアムは手を差し出して唯舞を立たせると敷いていたロングコートを片手に抱えて、扉に向かった。

 唯舞も貸してもらった上着を落とさないようにしながらもバッグを掴んで彼の後に続く。

 部屋を出れば等間隔に窓がある少しSFじみた無機質な廊下が続いているだけで人の気配は全く感じない。

 

 

 「ひとまず、僕のわかる範囲で説明させてもらいますね」

 

 

 こっちですと案内されるがままに足を進めれば、半歩先を歩くリアムが唯舞に目線を向けながら話し始めた。


 

 「まず、この世界はイブさんのおられた世界とは別の世界になります。界渡かいわたり、と僕らは呼んでいますが別の世界からこの世界に異界人、つまり別の世界の人間を召喚する秘術が他国にはあるそうです」

 「………………召喚、ですか」

 

 

 これまたファンタジー的な展開になってきた。

 だが、彼が嘘を言っている様子はないし、ひとまず唯舞はリアムの話を聞くことにする。


 

 「えぇ、僕らの国にはない秘術なので詳しいことは分からないんですけど、界渡りで異界人が現れると国全体のありとあらゆる力が向上するんです。生産力や軍事力、技術力なんかも全部。だからその国では異界人はとても重宝されているみたいです」

 

 「はぁ…………え、と、じゃあ私がここにいるのは」

 

 「そうなんですよねー。本当なら召喚国でもあるリドミンゲル皇国っていう国に行くはずなんですけど、大佐の話ではイブさんはこの基地の近くにある集落離れの教会跡地にいたらしいです」

 

 「教会の跡地……またなんでそんなところに」

 

 「本当ですよね。召喚地も違うし、よりにもよって人がいない教会だなんて。大佐のふらつき癖が役に立ったと言えばそうなんですけど。……あ、ここから一旦外に出ますね、寒いのでしっかり上着を羽織っててください」

 

 

 リアムが突き当りの重そうなドアを押し開ければ一気に冷気と外の音が流れ込んできて、唯舞は胸元でぎゅっと上着を抱きしめる。

 

 屋外に出た唯舞の目に最初に飛び込んできたのは旅客機の何倍もの巨躯を誇る、宙に浮いた航空母艦だった。

 その空母の周囲を空飛ぶバイクのようなものが高速で旋回していて、独特なエンジン音と何とも言えない臭いが風に舞う。


 戦闘中なのか、かなり距離があるはずなのに離れていても聞こえる銃声や爆発音。


 そしてあらゆるところから閃光がチカチカと散り、その激しさに唯舞が愕然と空を眺めていたら凄まじい勢いの雷光や巨大な氷晶が空を覆った。

 まるで空を裂くかのような雷と、一瞬にして生命を氷漬けにするような氷が上空を縦横無尽に爆ぜる。

 

 

 (……日本じゃ……地球じゃ、ない……)

 

 

 どれもこれも唯舞の世界では映画の中でしか見たことが無い現象ものばかり。

 

 それらはまるで、が先ほどまで自分がいた世界とは異なる世界であるのだと唯舞に突き付けてくるようで。

 その時になって唯舞は否応なしにこの世界が紛れもない”異世界”なのだと理解せざる得なくなってしまった。


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