第3話 カルチャーショック
エドヴァルトから"異界人"という単語を聞いた男はさも面倒そうにため息と共に言い放った。
「面倒だ。元居た場所に返してこい」
「こら!そんな捨て猫みたいな言い方して!大体、リドミンゲル皇国が呼んだ異界人ならうちにいた方が有利でしょ!」
「馬鹿か貴様は。今頃皇国が血眼になって探してるような女を保護しても面倒事の方が多いに決まっている。とっとと返してこい、もしくはリドミンゲル皇国との国境までお前ひとりで連れていけ」
「相変わらず冷たい!ほっんと冷たい!俺、そんな風に育てた覚えないんだけど!?」
「育てられた覚えもない。あぁ反面教師としてなら育ったかもな」
「んま――!うちの子ったらくそ生意気に育って!」
――新手の漫才か、疲労からくる幻覚?
そんな失礼なことを冷静に考えられるくらいには頭は冴えているのに、胸騒ぎがしてどうにも落ち着かない。
(どうしよう……もしかして、来週の出勤に間に合わない……?)
自分はさっきまで職場のデスクで先輩たちに混ざって仕事をして、ギリギリ終電に滑り込んだところなのだ。
せめて同じチームの同僚に連絡を取れればともう一度スマホを見つめたが、スマホは相変わらず0:00:00の圏外のまま。
(これって、来週までに帰れる?無断欠勤?え?もしかして、最悪……クビ?)
先の事を考えたら何だか動悸さえしてきた。
確かに入社してから何度も辞めたいとは思っていたが、少なくともあの就活戦争を乗り越えての今なので、こんな終わり方は嫌すぎる。
ブラック気味の会社ではあるが、残業はあっても一応土日は休みだし、同じチームには同期の子も仲のいい先輩もいる。
お互いの仕事量をある程度把握しているからこそ、迷惑をかけてしまうのが非常に
そんな唯舞の落ち着かない様子を横目で察したエドヴァルトが優しく声を掛けてくる。
「ごめんね、自己紹介がまだだった。俺はエドヴァルト・リュトス。んで、こっちの愛想のない奴がアヤセ・シュバイツ。んであっちが」
「あ、リアム・ラングレンです!」
はいっと元気良く手を上げたのは先ほどの紫紺色の髪の青年だ。
現状に不安を感じたというより、今後の仕事に対しての不安の方が何十倍も大きいのだが、何だかんだで自己紹介はしていなかったことに気付いて唯舞は居住いを正した。
だがそこで思わぬ言語の壁にぶちあたる。
(名前が…………見事な横文字)
記憶力は決して悪くはないとは思う。
悪くないとは思うが、純日本人の唯舞からしたら外国人の名前なんて一種の呪文言葉だ。
佐藤とか、鈴木とか、そういう次元の名前ではない。
「えっと、
もしかして家名ではなく、ファミリーネームって言った方が良かった?と
「あぁ、やっぱり異界人なんだねぇ」
彼は一瞬切なそうに瞳を細めて「巻き込んでごめんね」と唯舞にしか聞こえない声で呟いた。
「…………?」
「急なことで驚いたよね。説明してあげたいんだけど、今ちょっと立て込んでて。…………とりあえずリアム、お前が簡単に彼女に説明してうちの兵舎まで連れてって」
そう言うとエドヴァルトはさっさと踵を返して出ていこうとするアヤセの背中を追う。
ちらりともの言いたげなアヤセの視線が唯舞に向けられたが、彼は何も言わずに部屋を出ていってしまった。
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