イタすぎる男の話

山科大喜

第1話

 1975年の春だった。

 中学生の頃、テレビで見た青春ドラマにあこがれ、高校入学と同時にサッカー部に入った。ところが私は入部早々、とんでもない人間に出会った。

コイツの第一印象は強烈だった。二人組になって筋力トレーニングをする時、いきなりマウントしてきたのだ。


 指先で(お前、こっちに来い!)みたいな仕草をしてきたので、私は「随分生意気な野郎だな」と思ったのを憶えている。コイツの名前は山田淳という。当時、私の身長は155センチとクラス一番のチビだった。おそらく山田は外見で自分より弱そうだと思って、私を舐めてきたのだろう。


 小柄なうえサッカーも未経験で強度の近視だった私は当然、サッカー部のお荷物だった。眼鏡を掛けてできないスポーツでは他人と対等に戦えない。

 サッカーさえやっていれば女の子にモテると思っていた私は相当のミーハーだった。私は子供のころから走るのだけは得意だったが、球技はからっきしダメだった。山田は私より少し大きいくらいだったが、それでも私よりは大きかった。


 山田は男の割に尻が大きく、グランドを走るとでっ尻のため熊蜂のように見えた。そのうえ、私には強く出るくせに、先輩や同級生でも体の大きい奴には取り入り媚びを売ったりする、高校生の割に妙に処世術に長けた、いけ好かない野郎だった。

サッカー部の同級生には鳥谷、南という小柄な人間もいたがいずれも私よりは大きかった。そのためか、私は早々いじめの対象にされた。

 

 サッカー部の練習は厳しく結局、私は一年と持たずサッカー部を辞めた。

 しかし、私に対するいじめは高校生活中ずっと続いた。

 朝、下駄箱で上履きに履き替えると底に画鋲が入っていたり、真冬には氷が入っていたこともある。


 しかし、山田はイタい奴でもあった。とにかく目立ちたがり屋で自意識過剰だった。山田は一言で言えば、欲も凄かった。


 コイツの欲は際限なかった。

 とにかくモテたい、尊敬されたい、ワルを気取りたい、いい大学に入りたい。傲慢な性格もさることながら、性欲、名誉欲、出世願望など欲の塊のようなえげつない奴だった。


 私の行っているZ高校はいわゆる県立の普通高校で、進学校とは程遠いレベルの地味な学校だった。私は私立の進学校にも合格していたが、運の悪いことに受験の時、父が仕事中に海難事故を起こしてしまった。父は船長だったため、責任を求められることは明らかだった。そのため私が私立に行くという選択肢なく我儘も言えなかった。担任の教師も強く公立を勧めたので、私は泣く泣く行きたくもない公立高校に進んだ。

 

 偏差値が高くないので勉強に熱心な生徒は少なく、不良やヤンキーも多数いた。私のような高校では理系より文系により、程度の低い学生が集中する傾向にある。私は元々理数が苦手だったので、二年で文系にしようかと考えていた。ところが、サッカー部の連中はほぼ、全員文系を志願しているのを聞き、私はそこでも泣く泣く理系に進むことにした。必要以上、関わりたくなかったからである。


 日頃からワルを気取っている山田は、学校でタバコを吸ってわざと風紀担当の教師に捕まったりして話題を振りまいていた。その都度、女子高生からキャーキャー言われるのを期待しているのがミエミエでバレバレだった。

 

 私は直毛で髪が長くなると目に入るので、一度だけ緩くパーマを掛けたことがある。すると山田からすれ違い様、いきなり因縁を付けられた。

「優等生はパーマなんかかけるんじゃねえ」

(オレは優等生でもないし、お前みたいに単にワルを気取っているクズでもねえよ)


 ある日、帰りの通学電車の中で、たまたま山田が同じ車両に乗っていた。

 すると突然、車内で「じゅん!」という声がした。

 

 私は咄嗟に声のする方を見た。

 すると、照れ笑いを浮かべた山田と女子高生が何やら親しげに喋っている。女の制服を見て、私はそれがS学園という学区内で最低ランクの偏差値38程度の大バカ学校と認識した。

 改めて女の顔を見るとブスなのはもちろん、知性の欠片もないようなクズ女だった。興味はないが、おそらく中学の同級生かなんかだろう。それでも山田は突然、女から声を掛けられて満更でもなさそうな表情である。

 私は思った。

(お前にはゾウの脳みそ程度のドブスがお似合いだよ)


 そのくせ、夏はしっかり将来のことを考えて予備校にも行く勤勉で努力家でもあった。予備校の屋上から、さも手慣れた様子でタバコの煙を曇らせていた姿を私も目撃している。

 笑ったのは、日頃からワルを気取っている割に「大学は高望みして早稲田の政経目指してます」なんて、広言しているのも人伝に聞いたことがある。傲慢で生意気なうえ、自信過剰なのもコイツの持つ性格の一環だった。


 私は奥手だったのか、高校生になると急激に身長が伸び始めた。

 高校生活で普通は数センチしか伸びないことを考えると、私の身長の伸び方は驚異的だった。高校も終りの頃になると175センチを越え、長身の部類になった。私の場合、高校時代だけで20センチ以上も背が伸びた。

 ところが山田は数センチしか伸びず、最初は私を見下していたにも関わらず、高校生活最後の方は、私から一方的に見下ろされるようになった。私とすれ違う度、踏ん反り返って歩いていたのが滑稽だった。

 

 そもそも山田は自分でチビを自覚していた。

 そのため、鳥谷や南と一緒にいることを見られるのを非常に嫌がっていた。鳥谷、南に至っては高校三年間で一ミリも伸びず、三人揃うとお笑いだった。

 三人一緒入れば文字通り、3チビーズになってしまうので洒落にならない。

 だから、山田は意図的に大柄な人間と一緒にいた。

「自分は普通アピール」するため何臆することもなく、大柄な人間とよくいたのを私は見かけた。

 

 山田、162センチ、鳥谷、160センチ、南、158センチの平均身長160センチトリオで、私は当時流行っていたお笑い芸人「レツゴー三匹」に肖って、奴らに秘かに「レツゴー3チビーズ」という綽名を付けてやった。


 私はその日、所用があって市内にあるC駅に向かった。

 駅前の商店街を五分ほど歩くと横道にいかがわしい映画館がある。当時、そこはポルノ映画専門で、未成年の高校生が入るのには結構な勇気がいる場所だった。


 ところが、そこで例の集団「レツゴ―3チビーズ」と遭遇してしまったのだ。

 誰が最初に映画館に入るかどうかで揉めているらしく、三人で押し合いへし合いをしている。私はチラ見をしたが奴らには気づかれなかった。少ない小遣いをやり繰りし、やっと映画館まで来たが入るに入れず、ここで躊躇しているようだ。

(お前ら、さっさと入っちまえよ。代わりばんこで便所でチンコでも扱いていやがれ!)


 翌日、私は大量のエロ本を入手すると鞄の中に忍ばせた。

 いつものように学校に向かった。山田は3年9組で、奴の座る席は確認している。9組が体育の時間、私は授業中に挙手をして「昨日から腹の具合が悪いため、トイレに行かせてほしい」と頼んだ。


 エロ本は別の場所に隠してあった。私は素早くエロ本を抱えると9組に急いだ。案の定、9組には誰ひとりいなかった。

 私は教室に入ると奴の机の上に大量のエロ本を置いた。できるだけ、えげつなく女の裸が目立つように奴の机一杯にヌード写真を並べた。


 体育の時間から戻ってきたら奴はいい笑いものになるだろう。

(日頃からフェミニストを気取っても、実はエロ本が大好きなド助平な奴を思う存分演じろ!。このバーカ!)

 

 私はツカミとギャグがハマっているのが妙に気に入り、文化祭向けに勝手に奴らにコントまで考えていた。

「コント四捨五入」


(全員)    レツゴー3チビーズで~す。じゅんで~す。チョウタニで~す。

        ミナミ春夫でございます~

(ミナミ)   この前、学校で身体検査あったんよ

(チョウタニ) ふんふん、それで?

(ミナミ)   身長 測ったんよ

(チョウタニ) そういう話、オレ、個人的に聞きとうないわ

(ミナミ)   身長測ったら、158センチやったわ

(チョウタニ) お前、いまさら自分の低身長アピールしてどうするの?

(ミナミ)   まあ、人の話を最後まで聞けって

(チョウタニ) どういうことや?

(ミナミ)   世の中には、四捨五入ちゅう便利な制度があるやないの?

(チョウタニ) それで?

(ミナミ)   四捨五入したら、ワシも160センチになるやないの

(チョウタニ) それなら、ワシも実を言えば身長160センチないんや

(ミナミ)   マジか?

(チョウタニ) ホントは159.8センチなんや

(ミナミ)   四捨五入すると?

(チョウタニ) 160センチ

(ミナミ)   ホンマ、それはめでたいな。四捨五入ってマジありがたいな

(じゅん)   お前ら、さっきから何、二人で盛り上がってるの?

(チョウタニ) じゅん、ところでお前、身長いくつや?

(じゅん)   お前らとは違うわ。ワシは人並みや

(ミナミ)   だったら身長、言うてみ?

(じゅん)   165センチやけど

(ミナミ)   嘘や、絶対そんなない。どう見ても160センチ代前半やないか

(じゅん)   164センチくらいかな

(ミナミ)   何か、怪しいな ホントは162センチくらいやろ?

(チョウタニ) 面倒くさ~。だったら、それも四捨五入したれ、したれ!

(じゅん)   したくねえよ!

(チョウタニ) 四捨五入したら。ワシらと同じ、160センチやないか~

(全員)    レツゴ―3チビーズで~す!(ここで決め台詞が入る)

 

 こんなチンケな野郎でも、女にモテたいという気持ちは人一倍強い。

 サッカー部を三年間続けた割には運動神経も鈍く万年、フルバッグでロクに試合にも出してもらえなかったらしい。ノリだけで勝負するにはムリがあった。

 

 ナルシストでルックスにも自信があるらしく、ジェームスディーンを気取って髪型をオールバックにしてきたこともある。きっと、家では「お前は若い頃の津川雅彦そっくりだ」なんて煽てられて、すっかりその気になっていたんだろう。


 高校生のコートの色と言えば、たいていは地味な紺か黒である。

 ところが、山田は目立ちたがり屋で、冬になれば一人だけ、白のステンカラーコートを着てきた。コイツがダンディを気取り、襟を立て後ろ姿でさり気なく哀愁漂わせている姿を校舎から私はよく見ていた。

 でも、そもそも背が低いから、何を着てもまったくサマになっていなかった。

(コイツ、悉くイタいんだよ)


 私はある日、下校時間に合わせ、校門の隅で待ち伏せしていた。

 山田は白いステンカラーコートを着ているから遠目からも一目でわかった。私は気づかれないよう十メートルほど離れて、山田の後を付けた。

 

 私の鞄の中には玩具の水鉄砲が入っている。

 水鉄砲には昨日口切一杯、墨汁を入れておいた。試してみると、飛距離は十メートルほど出ることもわかった。玩具にしては殺傷能力は抜群だった。

 

 山田は今日も背の高い友人と歩いている。

 他の生徒に見られるとマズイと思ったら、奴らはお誂え向きに通学路から左の小道に逸れていった。おそらく、買い食いでもするのだろう。

 コンビニなどない時代、コーラやパンを買うなら宮島という駄菓子屋しかないはずだ。宮島に着く前に仕留めなければならない。私は歩くスピードを少しだけ上げた。

 

 水鉄砲をゆっくり取り出す。試し打ちをしてみるといい感じだ。次に狙いを定め、奴の背中に向けて引き金を引き一気に黒い水を連射した。奴の背中がみるみる黒く染まっていく。しかし、間抜けな奴は一向に気が付く気配がない。道路が現れ、奴らは宮島に入っていった。

 私は踵を返し忘れ物をした振りをしながら来た道を引き返した。

 コイツがコートに墨汁が付いていることを何時気が付くかと思うと、ハラハラドキドキだったが自然と笑みが零れた。

 

「コントSM」

(全員)    レツゴー3チビーズで~す。じゅんで~す。チョウタニで~す。ミ       

        ナミ春夫でございます~

(ミナミ)   じゅん、今日はやけに革ジャンが決まってるやないか?

(じゅん)   「傷だらけの天使」のアキラのつもりだよ

(ミナミ)   ところで、この前、服買いにいったんよ

(チョウタニ) お前もじゅんみたいに革ジャンデビューでもするつもり?

(ミナミ)   とんでもない。普通のトレーナーや

(チョウタニ) 気に入ったモノあった?

(ミナミ)   ところが、サイズがさあ

(チョウタニ) サイズがなかったの?

(ミナミ)   あったんだけど、Mじゃ大きすぎてSしか着れんの

(チョウタニ) それで?

(ミナミ)   でも、さすがにSサイズ買うのは恥ずかしいやろ?

(チョウタニ) ええやないの。そんなことで見栄張っても仕方ないやんか

(ミナミ)   それで結局、Mサイズ買ってきたわ

(チョウタニ) どうやった?

(ミナミ)   家で着たらもうダブダブで

(チョウタニ) たしかにウチら、Lサイズには一生縁がないわ

(じゅん)   マクドナルドならええのにな

(ミナミ)   Sサイズならお持ち帰りしやすいって

(チョウタニ) じゅんはそういうことない?

(じゅん)   お前らとは違うわ。ワシは人並みや

(ミナミ)   でも所詮、Mサイズやろ

(じゅん)   165センチ~170センチというところや

(ミナミ)   随分、サバ読んどる気がするな

(じゅん)   まあ、ワシは人並みや

(ミナミ)   身長、ホントは162センチくらいやろ?

(チョウタニ) 面倒くさ~。だったら、それもLサイズにしたれ、したれ!

(じゅん)   したくねえよ!

(チョウタニ) 結局、ワシらと同じやないか~

(全員)    レツゴ―3チビーズで~す!(ここで決め台詞が入る)


 私の高校では卒業の際、三年生が高校生活を振り返り、何かメッセージを残すことが慣例となっていた。その文集は三年生だけでなく、在校生や教職員など千人以上が目を通すので、校内の一大イベントにもなっていた。


 しかし、たいていの生徒は、

「先生方、三年間お世話になりました」

「高校三年間で精神的にも成長しました」

「好きなサッカーができて幸せでした」とか、当たり障りのないようなことを書く。

 

 ちなみに私は「高校生活三年間で身長が20センチ以上も伸びました」と素直な気持ちをそのまま表現した。

 ところが、この時とばかり、受けを狙って妙な気合を入れてくるようなイタい奴もいる。


 私は山田が何を書いたのか興味があって早々、奴のメッセージを見てみた。

 すると、山田は何を思ったのか、こんなことが書かれてあった。


「天皇賞は外したが、有馬記念では絶対に勝つ!」

(はあ?)

 

 要は、コイツは高校生の分際で競馬をやっていることを必要以上にアピールしたかったのだろう。オレって、こんなにワルなんだよと。

 コイツは何時でもどこでも、モテるため目立つためならその努力を惜しまない。


 たまたま休日、電車の中で山田に遭遇したことがあった。

 その時、奴は髪をリーゼントにして黒の革ジャンを着ていた。キャロルの永ちゃんでも気取っているのだろうか。座席に身を寝るように伸ばしていたのを見たが、短足なためお笑い草だった。私は思った。

(コイツはどこまで、イタイ野郎なんだろう?)

 

 山田が出掛ける前、鏡の前であれこれポーズを取ってコートや革ジャンを姿見しているのを思い浮かべるだけで滑稽で噴き出してしまう。

 

 そんなある日、私は妙案を思い浮かべた。

 富沢澄代は校内一の美人と噂されていた。

 調べてみると山田と同じクラスだった。また、校内一のブスと言われる古敷谷裕子も偶然、山田と同じクラスだった。古敷谷はブスの上名前を文字って「乞食や」と揶揄されていた。そこで、私は一芝居打つことにした。


 私はまず、山田宛に手紙を認めた。


「 山田淳様

 突然のお手紙、ごめんなさい。

 山田君、こんな手紙突然、貰ってさぞ驚いたでしょ。

 でも、イケメンのうえ、スポーツ万能でモテモテの山田君なら女の子から手紙なんて貰うのも珍しくもないかもね。

 でも、卒業を前にどうしても山田君に思いを打ち明けたくて。

 私は校舎から見えるグランドで走る山田君がとても好きだった。

 グランドでボールを蹴る姿はまるで黄金のカモシカみたいだった。

 山田君のことがずっと好きだったけど遂に告白できなかった。

 でも、今なら言えるような気がする。

 来週の日曜日午後3時、横浜駅中央口の改札でお待ちしています。

                      12月18日  富沢澄代   」


 その後、私は古敷谷裕子宛てにも手紙を認めた。


「 古敷谷裕子様

 突然の手紙、さぞ驚いたろう? 

 じつはオレはお前がずっと好きだったんだ。クラスの皆がどう言ってるのかなんて、オレには一切関係ない。

 オレはお前さえいれば何もいらない。

 クリスマスイブの夜はずっとお前と一緒にいたい。

 来週の日曜日午後3時、横浜駅中央口の改札に来てくれ。

 絶対だぜ!       

                       12月18日   山田淳  」


 1977年、師走の横浜駅は人々で一杯だった。


 私は安物のサングラス、ニット帽、マフラー、マスクをボストンバッグに詰め込み、一時過ぎに家を出て、横浜駅に向かった。

 果たして、予定通り二人が横浜駅に現れてくれるだろうか?

 

 私鉄を使って横浜駅に到着したのは午後2時を回っていた。クリスマスを控え、コンコースは人混みで芋を洗うようだった。

 これじゃ、私が見破られるようなことはまず、ないだろう。

 念には念を入れ、私は駅ビルのトイレに入り、ニット帽を被り、サングラスを掛け、マフラーを巻き、マスクを付けた。


 3時15分前、完全武装した私は横浜駅中央口改札に向かった。

 すると、改札口に一人の女が手持ち無沙汰で突っ立っているのが確認できた。遠目からも一目で古敷谷裕子とわかった。


 いつ見ても貧乏臭いが、今日は精一杯おめかししているようだ。当たり前の話だが、古敷谷には私とはまったく気が付かれていない。

(て言うか、そもそもクラスが違うから向こうもオレを知らないかも)


 それから待つこと十分、トレンチコートの襟を立てた一人の男がコンコースからするすると改札口に近づいてきた。

 

 待ち合わせなら、少しだけ遅れて来るのが足元見られない鉄則なのだろうか。

(アレ、もしかして山田だよね? でも、山田にしちゃ、今日はやけに背が高すぎなくねえ?)


 山田は終始、ソワソワして落ち着きのない様子だ。

 私はその時、山田が背が高くなった理由が即わかった。

 以前、エロ雑誌の通販で見たシークレットブーツのキャッチコピーを思い出したのだ。

「あなたも一瞬で身長が10センチ高くなる!」

(そうか、その手があったか・・・・・・)


 山田は普段より身長が10センチアップして見た目は別人みたいだ。

 それなりにいい男に見える。ただ、トレンチコートで隠している分、不自然に足が長いのだけが気掛かりだ。

(それはそうだろう。だって、それがシークレットブーツの長所なんだもん)


 時代はまだ昭和である。

 携帯どころか、スマホなんかある訳ない。


 それから十分経過。

 山田はひたすら待ち続けている。


 私は改札口の傍で、意地悪い目でことの一部始終を観察していた。

 その時だった。古敷谷が山田に気付いて、ゆっくりと近づいて行った。


「山田君!」

 山田は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。


「何で、お前がこんな所にいるんだよ!」

「だって、誘ったのは山田君の方じゃない!」 


 山田は古敷谷を蠅でも追い払うかのように「向こういけ!」という仕草を何度か繰り返した。

 しかし、古敷谷は何か勘違いしたように、それが山田の照れや自分への好意と受け取ったようだ。こういう女はモテた経験がないので、一度その気にさせるとかなりしつこい。古敷谷は山田に腕を絡めて離そうとしなかった。


 それを見た私は大笑いだった。

(バーカ。富沢なんて永久に来ねえよ。お前は一生、不細工な古敷谷とつるんでいやがれ!)

 これ、もう「どっきりカメラ」そのものだよ。

 作戦大成功!

 こんなことなら、家からヘルメットとプラカード持ってくればよかったと後悔した。

 

 それから山田は「寛一お宮」みたいに、古敷谷を乱暴に振りほどき古敷谷を足蹴にした。ところがシークレットブーツを履いているためバランスを崩して一緒に倒れてしまった。それを見た乗降客たちは皆挙って大笑いしていた。


(クリスマスのイベントなんかと勘違いしている人もいるかもしれない)


 私はほくそ笑んでいた。

 山田はやっと立ち上がると、急いで改札を抜けていった。

 

 厳かに卒業式が行われ、壇上で校長から一人一人に卒業証書が手渡された。

自宅に帰って、見たくもない卒業アルバムを開くと、卒アルでも山田は妙に目立つポジションにいた。いつものように、ニヒルな表情にちょっと気取った感じでフィルムに収まっている。


 とびきり好い顔で勝負する気だったのだろう。

 ちょうどユーミンの卒業写真が流行っていた頃なので、後々残る卒アルでもそれなりに努力もしたのだろう。

(お前の考えていることなんて、みんなバレバレでミエミエなんだからさ)


 私は山田が載っている卒アルを次のゴミ収集の日に出した。コイツの面を永遠に見ないために。


 その後、山田は早稲田の政経を目指していたと息巻いていたにも関わらず、当然落ちて浪人したと風の便りに聞いた。

 それから、私は二度と山田に会うことはなかった。

 

 コイツはマジでイタすぎる。

 きっと、今でもどこかで思いっきり、イタい人生を送っているんだろう。

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