しなやかに踊って

船越麻央

しなやかに踊って歌いましょう

 こんにちは、雑賀吾朗です。


 すみません話を聞いてください。

 同期入社の笹森巴絵さんのことです。

 皆、陰では巴御前と呼んでます。


「チョット! 誰が巴御前ですって?」

「わわわ、笹森さんいつからここに……」

「さっきからいたわよ! それでっ、話ってなに?」

「いや、その、仕事の件で……」

「うそばっかり! どこ行くのよ! チョット待ちなさい!」


 ふー、アブナイ所でした。こんな感じでいつも突然近くに現れる。油断もスキもありゃしない。彼女とは部署こそ違いますが同じフロアで働いています。

 同期入社ということで、お互いに気安く声をかけられるのですが、彼女の場合は特別です。いつのまにか……僕のそばにいるのです。それだけではありません。

 たまたま他の女子社員と一緒にいた時なんか……。


「雑賀クン! なにをイチャイチャしてるの! 仕事しなさい仕事!」


 なぜか僕が怒られました。困ったもんですよまったく。そんな笹森さんですけど仕事中によくリフレッシュルームにいます。 

 スマホの画面を見てニヤニヤしたり、何か真剣に入力していたり。とても仕事をしているとは思えません。SNSで遊んでいるのかなあ。話しかければ怒るし。仕事サボっていったい何をやっているんでしょうね。


◇ ◇ ◇


「それで、その巴御前……いや笹森さんとやらとはどうなんだ? 同期入社だし彼女美人なんだろ? オマエにはもったいないぞ」

 友人の眉村、ビールをうまそうに飲み干した。コイツとは学生時代からの付き合い。僕と会社は違いますがよく飲んで仕事のグチをこぼしあっているんです。

「まったく他人事だと思って。確かに彼女、頭はいいし仕事も出来るけどなあ。美人かどうか知らんが性格に問題ありかな」

「ハハハ、よく言うよ。贅沢を言うな贅沢を。写真ないのか? 今度俺に紹介してくれ。アハハハ」

「おい、飲みすぎだ! この前合コンやったばかりだろ! もう帰ろう、いやその前に生ビールおかわり!」


「ハークション! 誰かしらワタシの悪口を言ってるのは。さては雑賀吾朗クンね。あした会社行ったらただじゃ置かないんだから。ハークション」


◇ ◇ ◇


 笹森巴絵さんの件は一旦置いといて。実は僕にはひそかな楽しみがあります。ネットのあるWeb小説サイトで投稿小説を読むこと。無料で様々なジャンルの小説を読める。パソコンでもスマホでも読み放題です。

 通勤時間やちょっとした合間に気楽に読んで楽しんでます。残念ながら僕には文才がなくもっぱら読み専門。本当は自分でも書いてみたいんですけどね。

 ついでに言うと……あっ、ヤバイ巴御前、いや笹森さんだ。なんか機嫌悪そう。


「雑賀クン! 今度は何? きのうからクシャミが止まらないんがけど」

「そ、それはタイヘンだね……風邪じゃないの? びょ、病院に行ったら?」

「なによ、熱もないし平気よ! ねえ雑賀クン、もう少し心配してよね」

「あー心配だ心配だ! 110番いや119番だ!」


 まったくどうしていつもこうなるのか。僕は仕事に戻るとします。こんな事やってると残業になっちゃうし。最近は働き方改革とかでさっさと退社しないとうるさいんです。この前なんかマネージャーに呼び出されて働きすぎだって𠮟られたし。


 それはそうと、さっきの続きなんですけど。いつも見ているWeb小説サイトに推しの女性作家さんがいるんです。ペンネームらしいので本名は分かりません。一番の得意分野はホラーのようですが、たまにラブコメとか投稿してます。

 その作家さんは正直言ってマトモじゃないです。完全にぶっ飛んだ文章、支離滅裂な内容。ホラーはそんなにコワくないのですが、本人は怖がらせてるつもりのようです。けっこう独りよがりなんですよ。そこがまたいいんで応援しています。 


 ただ最近ちょっと調子が悪いようで、更新が遅れたり新作が公開されなかったり。いわゆるスランプ気味なんです。けっこう苦しんでいるみたいですけど、僕としては「無理しないで下さい」と言いたいところです。


◇ ◇ ◇


「最近なんか笹森先輩元気ないんですよ。雑賀さん同期ですよね。なんか知ってます?」


 笹森さんの部署の後輩、有明スミレさんです。亜麻色の髪の女の子。笹森さんとは対照的なおっとりしたタイプでちょっとカワイイ。先輩の笹森巴絵さんを心配してる。

「え? 笹森さんが元気ない? ふーん、そうかなあ。いつもと違うの?」

「そうなんです。仕事はちゃんとやってるんですけど、時々ボーッとしたり考え込んでたり。きっと何か悩み事があると思います。雑賀さん、まさか……その……」

「ななな、キミは何を言ってるんだ! た、たしかに同期だけど僕とは部署も違うし……」

「そ、そうですよね。あー良かった」

「うん、良かった、良かった。ん? なんかヘンだけど……まあ、とにかくもう少し様子を見たら?」

「ハイッ、そうします。雑賀さん、ありがとうございました!」


「あら、有明さんに……雑賀クン……どうしたの? 何かあった? ハハハ」

 こ、これは重症だ! 笹森巴絵さんどうしちゃったの? 本当におかしくなってる! 巴御前の面影がなくなっている! 有明さんが心配するのも無理はない。


「さ、笹森さん大丈夫? 本当に熱とかないの?」

「うん、心配してくれてありがとう。それで……ねえ今日仕事終わったらカラオケ行かない? 雑賀クン、お願い!」


◇ ◇ ◇


 僕は笹森巴絵さんに付き合わされてカラオケボックスにやって来た。有明スミレさんと眉村のヤツも一緒。なかば強引に動員したんですがね。

 本当に元気のない巴御前様を励ますのが目的。彼女のためならたとえ火の中水の中。いや冗談です。


「笹森さんに有明さん、はじめまして! いやあ雑賀の会社、美人揃いでいいなあ」

 眉村! 歯の浮くようなセリフを言うな!

「さあ、歌いましょう。笹森先輩!」

「うん! 雑賀クン、マイク取って~」


 何曲か歌って皆のってきた。

「雑賀クン、踊ろうよ! ワタシと一緒に踊って! なにその顔? イヤとは言わせないんだから!」


 僕と笹森巴絵さん……しなやかに踊って歌いました。 


◇ ◇ ◇


 (笹森さん元気になったようです。本当にホッとしました。有明スミレさんとも仲良くなれたし。まずはめでたしめでたしです。それはそうと僕の推してるWeb女性作家さん、どうやらスランプ脱出した模様です。いろいろ投稿しているので読ませてもらってます。相変わらずぶっ飛んでますけど。一度ご本人にお会いしたいなあ。僕はこれからも応援するつもりです。え? も、もちろん巴御前様もですよ!)。



 


  



 



 

 


 








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