一軒家をめぐって

釣ール

知り合いか親友か

 あれだけ絶望ぜつぼうしていたのに。

 四年もあれば解決したように見えることがあるのだろうか。


 学生時代がない二十代前半男性の俺にとって血の味がない現代は存在を否定されている感覚もあり、誰と話してもかみあってないやり取りも続いて似たような誰かがいないかSNSで探していた。


 あまり目立たない場所を選んで暴れていたはずなのに情報を拡散かくさんされていくつかアカウントを乗っ取られた。


 不景気ふけいきでも他の連中が自己啓発本か成功者の言葉をうのみにしている間にじっくりと戦ってきたから一軒家いっけんやをやっと買えるまで貯金ができた。


 その時点で俺は誰かと対等に暮らせる存在じゃないのかもしれないと考えるようになった。


「まだあとが残ってたか」


 最軽量級さいけいりゅうきゅうで戦ってたからかパンチなんてたいしたことないって言うやつと何度も出会ってだまらせるためになぐっていた壁が見つかった。


 そんなパフォーマンスは漫画でしか見ない。

 俺もまさか実際にやるとは思わなかった。

 しかも壁の耐久性たいきゅうせいが心配になるくらいなぐってたようだ。

 天〇人を見た麦わら主人公みたいな怒りがあったのだろう。


 そういえば。


「名前忘れた。あのデカイ筋肉マンは元気してるのかな」


 ちがうリングで戦っていた彼も学生時代との両立は上手く出来たのだろうか。

 大学にやたらこだわっていた。

 中身は十代前半なのに背中が大きくて挫折ざせつした時に助けられたよ。


 せめてお礼でもしたかった。

 何が好きか分からないから菓子でもわたすつもりだったのに。


 はやく準備しよう。

 一軒家いっけんやはすでに購入済みだ。

 もうこの場所に用はない。



*



 宝剣算濾ほうけんさまぎ

 使名前で登録した。


 でもこの一軒家いっけんやは裏事情なんてからんでなくてちゃんと手に入れたものだ。


 おとなりさんの心配もないし田舎いなかでもなければ都会とかいでもない。


 人付き合いの悪い俺にとって一人暮らしにはもってこいだ。

 恋愛もここでは話せないほど刺激的だったから今さらこの地で結婚を前提ぜんていとするのなら考えるさ。


 もう何もなぐらなくていい。

 いや、それはそれで生活に味がなくなるな。


 ケンカを売ってきたやつら全て倒してしまった。

 強いってのも考えものだ。

 海外の知り合いもリング外じゃ俺に声をかけてこなかったし。


 どいつもこいつも頭でなんでも考えすぎだ。


「もっとも、今となってはどうでもいいけどな」


 すぐ近くに海がある。

 何かあれば波が俺をさらって殺してくれる。


 幸せってのがあるとすれば青い海にさらわれて息絶えた後に魚たちかサメたちにこの身をささげる方がドラマよりも面白い。


 試しに海へよっていくか。

 ふだん本なんて読まないのに中古で買ってきた小説をもっていて海へむかった。



*


 かいだことのないいそのかおり。

 嫌いだったなあ都会の暮らし。

 でも田舎いなかは絶対嫌だったから迷いに迷った。


 さて砂でもさわってみるか。

 目線を下にすると誰かの大きな足がこちらへむかってきた。


算濾さまぎ……か?」


 こんなところでの名前で呼ぶやつはしぼれてくる。


夏舵さまんさ?  へえ。たしか俺だけがねらっていたはずのこの場所に目をつけていたやつが一人いたと思ったらお前だったのか」


 ヘドログス夏火事さまんさ

 彼のリングネーム。

 二十代前半なのにせめた名前をするあたり何もかもがデカイ男。


 名前は夏舵さまんさ

 リングもジャンルもちがうし、目指す方向もちがうのにやたら共通店があって腐れ縁ができたか。


「俺がねらっていた家をお前が買っていたなんて。それならそれで納得なっとくだ」


「もう少しねばれよ。それでもゆずるつまりはないけどな。場外乱闘じょうがいらんとうに使うにはうってつけだぜ?  オークションみたいな売り場は」


 いずれにせよ負けるつもりはないが。

 夏舵さまんさも一面だけ見ると素直な男だがプロレスでは無敗むはいだ。


 最近大学生にもなったみたいだし。

 もう関わることもないと思っていたのに。


「大学生になって起業もやってんだ。地方プロレス復活のために。エンタメってもっとシンプルで奥が深くて、どんな年齢も国籍こくせきも関係なく楽しめるものだからさ」


 二〇二〇年代を生きる格闘家にさわやかすぎる目的が力の強さとはちがう意味で後ずさりしたくなるほどに純粋なやつだ。


「悔しいんだろ? そんな目的があるお前が俺に負けたことが」


 彼は誰もいない瞬間しゅんかんを見計らって海へこぶしをぶつけた。


 都会にいた頃とはちがって壁じゃないだけ大人になったと思いたい。


 なぜならあの日俺がなぐった壁にできたあとにくらべて夏舵さまんさのこぶしが一番ダメージが大きかったから。


 だからってひるんだことはなかった。

 荒れてた頃は一緒に暴れていたから拡散かくさんされて大変だったし。


「仲良しこよしをするつもりはない。けど二十代前半で浪人でもなく地方へプロレスをひろめるために大学生と起業の両立か。面白そうだし俺はこの先ひまだから手伝ってやる」


 一軒家をめぐっていたアングラ十代がこんな形で共存することになるなんて。


 まったく人生は上手くいかないことばかりだ。

 でも引退したわけじゃないから次の試合だけでも頑張がんばってみるか。


 俺の人生を俺自身もふくめて決めつけないために。

 そして夏舵さまんさにだけは油断ゆだんしないようにするため。


 それからたがいの生活に干渉かんしょうすることはなかった。


 戦いは続く。

 昔とはちがう関係でそれぞれの人生リングで戦う。

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