第7話 本能的な動作の力

 秋の気配が色濃くなり始めたある日、ミカはナギの案内で森の中に向かっていた。周囲を埋め尽くす木々の緑が目に優しく映る。歩きながらミカは問いかけた。


 「ナギさん、今日はどんなことを教えてくれるんですか?」


 ナギは足を止め、柔らかい微笑みを浮かべた。

 「今日は、『なんば歩き』と『踵で息をする』という動作を試してみようと思う。」


 「なんば歩き……?」

 聞き慣れない言葉に、ミカは首をかしげた。


 ナギは自分の足元を指差しながら説明を始めた。

 「なんば歩きは、昔の武士や旅人が自然に使っていた歩き方だよ。一見すると特殊なものに思えるけど、実は人間の本能的な動きなんだ。」


 「普通の歩き方と何が違うんですか?」


 「普通、右足を前に出すときは左手が前に出るよね。それが現代の歩き方だ。けれど、なんば歩きでは右足を出すときに右手も同時に前に出すんだ。」


 ミカはその動きを想像してみたが、少し奇妙に感じた。

 「そんな歩き方で本当に楽になるんですか?」


 ナギは軽く頷き、続けた。

 「これが意外と理にかなっているんだよ。なんば歩きは、体の軸がぶれず、エネルギーを無駄なく使える動きだからね。」


 ナギは実際に歩いて見せた。右足と右手が一緒に動くその姿は、最初は不自然に見えたが、次第に一貫性のあるリズムが感じられ、ミカも興味を惹かれた。


 「やってみようか。」

 ナギの言葉に促され、ミカもなんば歩きを試みた。


 最初はうまくいかなかった。右手と右足を同時に動かそうとすると、体全体がぎこちなく感じられた。


 「足と手の動きを合わせようとしなくても大丈夫。自然に動かせばいい。」


 ナギのアドバイスに従い、ミカは焦らずゆっくりと歩き始めた。すると、徐々に動きが滑らかになり、体の中心がしっかりと安定していく感覚が広がった。


 「不思議ですね。なんだか、足元が地面に根付いているような感じがします。」


 ナギは森の中の小道を指差した。

 「このままなんば歩きで少し進んでみよう。体がリズムを覚えたら、次は『踵で息をする』動きを試してみる。」


 ミカは軽快なリズムを保ちながら歩き続けた。小道を進むごとに、肩の力が抜け、全身が軽やかに感じられた。


 ナギが立ち止まると、足元にある大きな石を指差した。

 「ここに座って、次は踵を使った呼吸を試してみよう。」


 ナギの指示通り、ミカは石に腰掛け、両足を軽く揃えた。

 「まずは足の裏をしっかり地面につけてみて。地面の感触を感じながら、踵をゆっくりと上下に動かしてごらん。」


 ミカは慎重に踵を上げたり下げたりしてみた。

 「これが呼吸とどう関係するんですか?」


 ナギは微笑みながら説明を続けた。

 「踵が動くと、足の筋肉と骨が微細な振動を生む。それが背骨を通じて全身に伝わるんだ。この振動は、横隔膜にも影響を与えて呼吸を深めるんだよ。」


 ミカは言われた通り、踵をリズムよく動かしながら深く息を吸い、吐いてみた。足の動きに意識を集中すると、呼吸が自然と深くなり、体の奥にまで酸素が行き渡る感覚があった。


 「こんな小さな動きで、こんなにリラックスできるなんて……。」

 ミカは驚きの声を漏らした。


 ナギは頷きながら言った。

 「踵を動かすことで、地球の重力と体が調和するんだ。これを続けると、大地からエネルギーをもらっているような感覚になる。」


 ミカは目を閉じ、踵の動きと呼吸に完全に集中した。風の音、木々のざわめき、鳥のさえずりが心地よく耳に入り、自然との一体感を感じられるようになった。


 「今、私の体が自然とつながっている気がします。」


 ナギは優しい笑みを浮かべながら答えた。

 「その感覚を忘れないでほしい。僕たちは大地の上に生きている。そこからエネルギーをもらう方法を思い出すだけで、体の力は驚くほど引き出されるんだ。」


 森を歩く帰り道、ミカはなんば歩きを意識しながら、踵の感覚を大切にしていた。

 「こうやって動くだけで、体が軽くなるなんて、もっと早く知りたかったな。」


 ナギは静かに頷き、言葉を添えた。

 「本能的な動作は、昔から私たちの体に刻み込まれている。現代の生活がそれを忘れさせただけなんだ。」


 ミカはその言葉を胸に刻み、自然と調和する動きを日常生活に取り入れようと決意するのだった。

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