第4話 頭を抱える理由
数日後、ミカは仕事のストレスで限界を感じていた。
企画の締切が迫り、職場での人間関係もぎくしゃくしている。いつもなら手際よくこなせる作業も、今日はなぜか思うように進まない。頭がぼんやりして、心臓が早鐘のように鳴る。
「こんなときに限って……どうして……」
ミカは小さくため息をついた。パソコン画面を見つめる彼女の手は冷たく、肩から首にかけて強い緊張が走っている。頭の中では、ミスしたときのことや、上司に叱られる場面ばかりが浮かび、心の中でぐるぐると不安が膨らんでいた。
その夜、ナギのもとを訪れたミカは、ついに自分の弱音を吐き出した。
「もうどうしていいかわからないんです。頭の中がごちゃごちゃで、何をすればいいのかも見えなくて……。」
ミカの声は震え、目には涙が浮かんでいた。
ナギは少しも驚いた様子を見せず、穏やかに微笑みながら言った。
「そういうときこそ、頭を抱えるといいんだよ。」
「頭を抱える……ですか?」
ミカはその言葉に戸惑いを隠せなかった。頭を抱えるなんて、失敗したときや絶望したときの仕草で、むしろ状況を悪化させるような気がしたからだ。
「そう。頭を抱えることは、体が自然とする癒しの動作なんだ。ストレスで頭の中がいっぱいになると、体は本能的に側頭部を手で支えようとする。実際にそれを意識的に行うことで、頭の緊張を解きほぐせるんだよ。」
ナギはそう言うと、ミカに椅子に座るように促した。
「まずは深く息を吸って、吐き出してみよう。」
ナギの指示に従い、ミカは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。それを何度か繰り返すと、少しだけ胸の詰まりが和らいだような気がした。
「次に両手を使って、自分の頭を優しく抱えるんだ。ちょうど耳の上あたりに手を添えてみて。」
ミ カは少し不安そうな表情を浮かべながらも、ナギの指示通りにしてみた。両手を耳の上に軽く置き、頭全体をそっと包み込む。すると、意外なことに、それだけで少し安心感が広がった。
「そのまま、頭を抱えた手で、側頭部の緊張を感じ取ってごらん。」
ナギの声は優しく、まるでガイドのようだった。
ミカは目を閉じ、手のひら越しに頭の感覚を意識する。側頭部は固く、何かがぎゅっと押しつぶされているような痛みを感じた。仕事のプレッシャーや不安が、この部分に溜まっているような気がした。
「今度は、その緊張を吐く息に乗せるイメージを持ってみよう。ふぅっと吐き出しながら、手で頭を軽く押さえ、緊張が解放されるのを感じてごらん。」
ミカは深く息を吐きながら、そっと手を頭に押し付けた。すると、額の奥に詰まっていた重苦しい感覚が少しずつ薄れていくのがわかった。
「どうだい?」
ナギが問いかける。
「なんだか、頭の中が少しすっきりした気がします。」
ミカはそう答えながら、肩から力が抜けるのを感じた。側頭部に触れるという単純な動作が、こんなにも効果的だとは思いもしなかった。
ナギは続けて説明をした。
「頭を抱える動作は、側頭部やこめかみの緊張を解放するのに役立つんだ。現代人は、情報や考え事が多すぎて、常に頭を使い続けている。すると、このあたりに緊張が溜まる。でも、頭を抱える動作でその緊張をほぐすと、興奮した神経が落ち着き、心も整うんだよ。」
ミカは納得するように頷いた。そして、ふと思い出したように言った。
「確かに、小さい頃、悲しいときや辛いときには自然と頭を抱えていた気がします……。」
「そうだろう? それは人間の本能なんだよ。でも、大人になるにつれて、感情を抑えたり、自然な動作を恥ずかしいと思ったりして、こうした本能的な行動を忘れてしまう。でも、体は本能的に癒し方を知っているんだ。」
ミカはしばらくの間、静かに頭を抱えたまま座っていた。呼吸が落ち着くにつれ、頭の重みや緊張が手のひらに溶け込んでいくような感覚が広がった。そして、頭の中に渦巻いていた不安が少しずつ遠のいていく。
「これなら、家でもすぐに実践できますね。」
ミカは少し笑顔を取り戻しながら言った。
「そうだ。仕事の合間やストレスを感じたときにやってみるといい。たった数分でも、頭を抱えるだけで気持ちが整うよ。」
その日の帰り道、ミカは再び気持ちの安定を取り戻していた。頭を抱える動作というシンプルな手法が、どれだけ心を整える力を持っているのかを実感したのだ。
「また仕事で追い詰められることがあっても、大丈夫。きっと、私は乗り越えられる。」
ミカの中に、少しずつ自信と落ち着きが生まれていくのを感じていた。ナギから学んだ知恵が、彼女の心と体を支え始めていたのだ。
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