第3話「屋根裏の花綴り」(古文書百合)約1,700字
埃の匂いが鼻をつく。古びた木の階段を軋ませながら、浅見優奈(あさみゆうな)は屋根裏の奥へと進んでいた。数日前、亡くなった祖母の家を整理していたときに見つけた鍵。それが開いた屋根裏の扉には、誰も触れていないような静けさが漂っていた。
薄暗い部屋の隅に、大きな木箱が一つ置かれている。優奈はそっとその箱を開けた。中には色あせた布に包まれた一冊の古びた本が入っている。
「これ……古文書?」
布をめくると、和紙のような質感の紙に、墨で丁寧な文字が書かれている。それは物語のようだった。
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### **古文書の物語:花織(かおり)と沙羅(さら)**
その村では、花を育てることが生業だった。花織(かおり)は、幼い頃から花畑の世話をして育った。彼女は村で一番美しいと評される少女だったが、自分の美しさには無頓着で、日々、花と対話するように暮らしていた。
ある日、村の外れにある森の奥から、一人の少女が現れた。沙羅(さら)と名乗るその少女は、黒髪に緋色の着物をまとい、どこか浮世離れした雰囲気を持っていた。
「あなたが花織……ね。思った通り、きれいな人」
そう言って微笑む沙羅の目には、何か秘密めいた光が宿っていた。その日を境に、二人は少しずつ距離を縮めていった。
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優奈は古文書をめくりながら、その物語に引き込まれていった。
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### **物語の続き**
花織と沙羅は、いつしか毎日を共に過ごすようになった。沙羅は村のことを何も知らず、花織に教えられるたびに目を輝かせていた。
「花織、これはなんていう花?」
「これは月草よ。夜になると淡い青い花を咲かせるの」
「夜だけ……なんだか私みたいね」
沙羅はそう言って少し寂しげに笑った。
花織は沙羅のそうした言動に、時折引っかかるものを感じていた。どこか人間らしくない雰囲気。まるで、彼女がこの村に属していないかのような――そんな違和感。
しかし、それでも花織の心は沙羅に惹かれていった。
ある晩、二人で月草が咲き誇る夜道を歩いていると、沙羅がふと立ち止まった。
「花織、私……あなたに伝えなきゃいけないことがあるの」
「何?」
「私、ずっとこの村にはいられないの。……だって、私は人じゃないから」
沙羅の瞳が悲しげに揺れた。その言葉に、花織は息を呑む。
「どういう意味?」
沙羅は月草の花びらを一枚手に取り、それを見つめながら語り始めた。
「私は、この村の神に仕える存在なの。だから、花織と一緒にいたいけれど……ずっとは無理なの」
花織の胸が締め付けられる。彼女は沙羅の手を強く握った。
「……そんなの関係ない。私は、沙羅がどこから来た人でも……人じゃなくても、ずっと一緒にいたい」
沙羅の目に涙が浮かぶ。その涙を見た花織は、初めて沙羅という存在が、どれだけ自分の心を満たしていたのかを理解した。
「ありがとう……花織。私も、あなたともっと一緒にいたい」
二人は月草の花の中で寄り添い、その夜を共に過ごした。
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優奈は古文書を読みながら、次第に涙が浮かんできた。どこか切なく、美しい物語。だが、ページをめくる手がふと止まる。最後の数ページだけが、何か別の布で封じられていたのだ。
「これ、開けていいのかな……」
迷いながらも、優奈はその布を解いた。そして最後のページを開いた瞬間、書かれていた言葉に驚きで息を呑んだ。
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### **物語の終わり**
「花織の家系に生まれる娘は、いつか沙羅に出会う。
その時、花織の心に咲いた花を見届けた者は、
この物語を再び綴るだろう」
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優奈は、自分が偶然見つけたこの古文書が、自分自身の祖先の記録だったのだと気づく。そして、その瞬間、屋根裏の小窓から柔らかな月光が差し込み、ふと誰かの視線を感じた気がした。
「……沙羅?」
優奈の心の中で、物語の続きを書きたいという衝動が生まれた。それは、まるで花織と沙羅の記憶が自分の中に根を下ろし、再び咲こうとしているかのようだった――。
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