第2話「月神と焚き火の娘」(神秘の百合)約1,600字

 世界がまだ、夜の闇を恐れ、火を崇めていた頃。人々は大地の怒りや空の神秘を語り継ぎ、精霊たちの存在を信じて暮らしていた。その村の中央には、炎が絶えず燃え続ける「神の焚き火」があった。村人たちは、それを絶やさぬよう見守る役目を「選ばれた者」に託していた。


 その年、「焚き火の娘」と呼ばれる役目に選ばれたのは、アマという名の少女だった。まだ15のアマは、背は小柄で、村の誰もが驚くほど火に触れても傷つかない不思議な力を持っていた。


「この炎は、私が守る……それが、私の使命だから」


 夜ごと焚き火の前でそう誓うアマの横顔には、どこか神秘的な美しさがあった。


---


 ある満月の夜、アマが焚き火を見守っていると、遠くから静かな足音が聞こえてきた。


 「あなたが『焚き火の娘』ね?」


 声をかけたのは、まるで月の光そのものが形を成したかのように美しい少女だった。銀色の髪が揺れ、薄衣のような服が夜風に舞う。その目は深い湖のように澄んでいて、アマの心を一瞬で射抜いた。


 「……あなたは?」


 アマは思わずその声に応える。少女は静かに微笑み、焚き火に照らされたアマの顔を覗き込むように言った。


 「私はリィナ。月神の娘よ」


 アマは言葉を失った。月神――それは村人たちが夜の空を見上げて祈りを捧げる存在。そんな神の使いだという少女が、突然自分の前に現れるなど、夢にも思わなかった。


 「あなたに会いに来たの。ずっと、焚き火の娘の話を聞いていてね」


 リィナの声は穏やかだったが、その目にはどこか寂しさが宿っているように見えた。


 「どうして、私なんかに……」


 アマが問いかけると、リィナはそっと焚き火の炎に手を伸ばした。炎はリィナの手を避けるように揺れる。


 「私は、月神の娘として生まれたけれど……夜を照らす月には温もりがない。いつも冷たく孤独だったの。だけど、この焚き火には命がある。あなたも――この炎のように温かい」


 アマは、リィナの言葉に胸がざわつくのを感じた。目の前の少女は、確かに月光のように美しく冷たい存在のはずなのに、どこか人間らしい温かさを持っている。


 「……あなたも寂しいの?」


 リィナが静かに尋ねる。アマは思わず目をそらした。


 「……わからない。でも、この焚き火と一緒にいると、確かに私はひとりぼっちなんだって思うことがあるの」


 そう言いながら、アマの目にはうっすらと涙が滲んでいた。それを見たリィナは、そっとアマの手を取った。その手は、驚くほど冷たかった。


 「なら、私と一緒に行かない?」


 アマは驚いて顔を上げる。


 「月の神殿に、あなたのための場所を作るわ。もうひとりで焚き火を守らなくてもいい。私はずっと、あなたのそばにいる」


 その言葉は甘美な誘惑のようだった。冷たくとも確かな温もりを持つリィナの手が、アマを引き寄せるように強く握る。


 「でも……私は村の人たちのために、この焚き火を守らなくちゃいけないの」


 アマの声は揺れていた。けれど、その使命への想いは揺るがないものでもあった。


 するとリィナは、焚き火を見つめながら静かに微笑んだ。


 「その焚き火がある限り、村の人たちは守られる。でも、あなたが倒れてしまったら、その焚き火も消えてしまうわ」


 その言葉に、アマの胸は深く揺れた。リィナの目は真剣だった。


 「あなたの孤独を癒せるのは、私だけ。だから――一緒にいましょう」


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 その夜、アマはリィナの手を取り、月光に包まれて夜の森へと消えていった。


 村ではその後も焚き火の炎は絶えることがなく、アマの存在は伝説となった。「焚き火の娘は月神の娘に連れられ、月の光の中で生き続ける」と。


 夜が訪れるたびに、月明かりの中で二人の影が寄り添うように見えることがあるという――。

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