第5話 芥川賞②
「隣に引っ越してきた安芸帆立よ! スーパー幼稚園に通ったせいで、脳みそが完成されてしまったわ! よろしく!」
小学一年生、安芸帆立の発言だった。その言葉の通り、安芸の脳みそはスーパー幼稚園で完成していた。朝は乾布摩擦に始まり、午前中は日本語の勉強とディベート、昼食とお昼寝をしっかりと取り、午後からはねんどを用いて遊んだり、ノートに小説を書いたりしたらしい。そこで安芸ははじめて小説を書いた。七つの剣を求めて旅をする冒険小説だった。
小学生以降、安芸の考え方が変わることはあっても、思想のクオリティーが変わることはなかった。それは変化があっても長しないということなのだが、安芸のこれまでの人生を近くで見ていて思うのは、彼女に成長など必要がなかった。
安芸は本に囲まれて育った。安芸ママは本の編集者だった。カフェを使って、有名な小説家先生と打ち合わせをしている姿をよく目撃した。安芸は幼いころから小説家先生に突撃した。スーパー幼稚園で完成した脳みそは、名のある小説家と、有名な大学を出た優秀な編集者の会話についていくことができていた。
もちろん、オレもその様子を見ていたわけだが、何を言っているのか当時は分からなかった。哲学の話や、構造の話だったような気がするけど、ハッキリとは思い出せない。昔のことだから仕方がない。
安芸はよく歌を口ずさむ少女だった。そこまで歌が上手いわけでもなかったが、リズム感はよかった。どのような曲を歌っているかと言えば、有名な曲を歌ったり、即興で思いついたメロディーを口ずさんだり、気分によって様々だった。傾向で言えば、アニソンが多かったはずだ。
印象的だったのは、安芸が元素記号を覚えるためと言って「だれーかーを永遠にうーしーなった」とエレメントハンターというアニメのオープニングを口ずさんだときのこと。『すいへーりーべーぼくのふね』という元素記号を覚えるための語呂合わせがあり、それを用いたエレメントハンターのエンディング曲があるのだが、普通はそっちで元素記号を覚えるのだ。
安芸なりのボケなのだが、当時のオレには的確なツッコミができなかった。今なら「エレメントハンターのオープニングで元素記号を覚えるヤツなんていねーよ! 普通はエンディングだろ!」と恥ずかしさを考慮しなければ言える。当時のオレを擁護するとしたら、正直、めちゃくちゃなボケだった。
安芸は小学校四年生の頃からアニメを見始めた。オレが覚えている範囲で言えば『ケロロ軍曹』→『ガンダムシード』→『エヴァンゲリオン』の順番で見ていたはずだ。ケロロ軍曹にガンプラがたくさんでてくるのだ。そこで安芸はガンダムに興味を持った。しかし安芸ママはエヴァ派だったので、エヴァを無理矢理視聴させていた。そこからは深夜アニメを大量に視聴し、「続きが気になるわ!」と言ってライトノベルに手を出していた。
アニメはサブスクで見ていたので良かったのだが、ライトノベルをたくさん購入できるほどのお金はなかった。高級マンションに暮らしていたので、家庭にお金はそれなりにあったけど、安芸が自由に使えるお小遣いは少なかった。そこで安芸はネット小説に目を付けた。夜な夜な大量のインプットを繰り返し、その反動で歌を口ずさんで創作意欲を吐き出し、反抗期も逆張りもなく、涼宮ハルヒに辿り付くと同時に、Vtuberを発見した。
『東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上』
ハルヒは言った。
Vtuberには宇宙人、未来人、異世界人、超能力がいた。
「Vtuberのみんなは、はやくハルヒのところに行ってあげたらいいのに」
安芸は言った。
中学三年生の夏。安芸は伝説の元アイドルVtuber恩田さんに出会いVtuberになった。停止していた安芸の脳みそが動き始めるのを感じた。動き始めたら、止まらなかった。というか誰にも止められなかった。安芸はインターネットに強烈な印象を残したあと、小説を書いた。
そして、芥川賞を受賞した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます