立ち上がろうとしていた足は力をなくし、海へと背面から倒れ込み、手を着くような体勢になっていた。

 なんとか、顔を海中から出すと、すぐそこにゾンビが立っていた。

 片目はすぐにでも、落ちてしまいそうにぶら下がり、体中の皮が所々剥がれている。服は着ているが、ただの布同然で、服としての役割を果たしてはいなかった。

 ゾンビの接近により、悪臭は強まり、吐き気が催される。

「はぁ…、はぁ…」

 ゾンビが動きを止めてから、数十秒が過ぎていたが、一向になにかをしてくる雰囲気ではなく、なにを考えているのかもわからず、お互いに静止した状態が続いた。

 しばらくした後、結局ゾンビはなにもしないまま、踵を返して、森へと引き返して行った。遠のくゾンビを眺めていると、ふとゾンビの足元から湯気のようなものが上がっている様子が窺えた。

 ゾンビが完全に森へと姿を消すと、自然に安堵のため息が漏れていた。

 同時に背後から太陽が昇り始めていることに気付いた。昨日は砂浜で、今日は海中で日の出を感じられるとは…。もっと、リラックスできる環境であれば、気分も良かったかもしれないな。

 そんな冗談が頭に浮かぶくらいには、正気を取り戻していた。

 しかし、あれは一体、なんだったのだろう…。

 時刻が、正午を回る頃。二日目の無人島は、今朝の恐怖が嘘だったかのように、穏やかさを取り戻していた。

 朝から、寝床を充実させる作業を行なっていたが、さすがに空腹を感じていた。少し面倒だが、森に入ってラズベリーを採取しにいくとしよう。

ここで、頭をよぎるのが、今朝の出来事だ。あのとき、現れたゾンビは森へと姿を消していた。もしかしたら、あのゾンビが森の中を歩き回っているかもしれない。そう思うと、森へと伸びかけていた足が止まる。

 しかし、俺がこの島にいる以上、あのゾンビは確実に脅威となる。誰にも頼ることができないこの状況では自分であいつの対処をするしかない。リュックを背負った俺は、ナイフを手に取り、森への進行を開始した。

 森を進むと、昨日気付かなかったのが不思議なくらいの腐臭に襲われた。これは、あいつがここを通ったことによるものなのか、どうかはわからないが、足跡らしきものが残っているのを見るとその可能性が高そうだ。

 植物にも、得体の知れない液体が付着している箇所が存在し、あれが幻覚じゃないことは即座に証明された。

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