第3話 がんばれ安志くん

「みなさーん、おはようございまーす!」


空の青が澄み渡っている。小鳥の鳴き声も元気そうだし、やはり朝は空気が汚れていなくて美味しい。


「あれ、皆さんの声が聞こえないですよぉ?おはようございまーす!」


が、朝から元気すぎる。何時だと思ってるんだ。


(朝6時30分集合って、いくら何でも早すぎないか?)

「皆さんのクラス、1ねん3組の担任になりました、体育担当の中田加奈なかたかなといいます!みんなよろしくね!」

(体育教師かぁ、そりゃ元気なわけだな)


 養親の手術を受けてから、俺は睡眠時間が増えてしまった。養父は脳に負担がかかって眠くなるのは仕方ない、と言っていたし、この集合時間はやはり辛い。

 だが眠そうにしている俺は少数派な方で、周りはみんな新しい環境に気持ちが浮き、そわそわしている人ばかりだ。


「これから皆さんは1泊2日のキャンプに向かってもらいます。新しい学校生活の始まり、良いスタートを切れるように全力で臨んでいきましょう!」


 体育教師だとしても熱血すぎる。少し俺には苦手なタイプかもしれない。


(そういえば、こういう時の教師って何考えてるんだろうな)


 俺は少し、新しい担任の脳内を覗いてみることにした。


(私の名前は中田加奈、上から読んでも下から読んでもなかたかな)

(あれ?なんか始まった?)

(この学校に赴任して3年目。ようやく任せてもらえたクラス担任!加奈は今日、新たな物語に足を踏み出すのだった!)

(あっこの人やべえわ)

(そしてクラス担任をもって初めての一大行事、オリエンテーションキャンプ。みんなが素敵な思い出を作れるよう、担任として最大限の力を発揮して見せる!)

(…まあ、悪い人ではなさそうだな)


「それじゃあ皆さん、さっそくバスに乗り込みましょう。事前に配布した座席表を確認してね!」


  *


(最悪だ……)


 オリエンテーションキャンプのバス座席表。これは高校生活最初の席替えと言っても過言ではない。ここで気の合う仲間と隣同士になれるかどうかで、キャンプだけでなくこの先の学校生活の可否が決まる。

 が、俺はその勝負に敗北した。


「ど、どうも…」

「……ん」

(怖い怖い怖い怖い!)


 俺の隣になったのは、背が高くて茶色に紙を染めた、あからさまにヤンキーみたいな男だった。


「みんな席に座れたかな?それじゃあさっそく、隣の人と自己紹介から始めましょうか!」

(ふざけんなお前、なんてこと言い始めるんだ!)


 ヤンキー男がちらりとこちらを睨みつける。こんなの自己紹介どころではない。


(どうする、心を読んで対処するか?でも内心こいつ後でぶっ殺すとか思われてたら嫌だしなぁ)

「あ、あの、永利安志です。所持金は3000円くらいしかありません……」

「は?所持金?」

(しまったやらかした!)


 なんかキャンプ初日にカツアゲされてるみたいな感じになってつい所持金を告白してしまった。完全にふざけていると思われても仕方ない。


(しかたない、心を読んでこの場を何とかするしか!)

 俺は焦りまくる心を落ち着かせ、ヤンキー男の心の声を読み取った。

(怖い怖い怖い怖い!)

(…あれ?)

(何この人、急に所持金とか言い出したんだけど!もしかしてあれかな、笑いを取って緊張を和らげようとしていたのかなぁ!)


 この男、心の中ではめちゃくちゃ喋っている。


(ていうか自己紹介って何だよ勘弁してくれよ!俺めっちゃ緊張しいなんだよ!)


 俺はその時気付いた。この男、見た目は真逆だが性格は俺とほとんど変わらない。


「あ、あの、緊張してるならこれ食べる?」


 俺はカバンの中から、こっそり持ち込んだチョコレートを取り出した。


「チョコレート、緊張を和らげる効果があるんだって。俺も緊張しやすいからよく持ち歩いてるんだ」

「あ、ありが、とう……」


 男はチョコレートを受け取ると、口の中に放り込みほとんど丸呑みしてしまった。


「俺、加島健三。中学の時はけんちゃんって呼ばれてた…所持金は、1000円くらいしかない」

「よ、よかった…加島くんてっきり怖い人なのかと思ったよ」

「ああ、俺あまりしゃべらないから結構間違われるんだよ」


 ようやく表情を崩した健三。それを見て俺もようやく気が抜けた気がした。


「チョコレート、持ってきたらダメなんじゃないの?」


 不意に向かいの座席から声をかけられる。振り返ると、顔立ちの整った女の子が座っていた。

「ああいや、これは……」


 真面目な委員長タイプだろうか。確かにお菓子を持ってきていいとは書いていなかったが、かといってダメとも書いていなかった。


(も、もしかしてお菓子がダメなのは高校生の共通認識だったのか…?)


 が、その直後、奥のもう一人の女の子から助太刀が入る。


「みーみも本当は欲しいんでしょ?私たちにも2つちょうだい!」


 手前の委員長風の子もかなり美人だが、奥の子もギャルっぽくて結構可愛い。

 俺は緊張しながらもチョコレートを2つ、向かいの女子たちに渡した。


「ふふっ、これで私たち共犯だから、先生にチクるのはナシだよ。みーみ」


 この委員長風の女の子がみーみだろうか。


「あの、俺永利安志っていいます。でこっちが加島健三くん」

「うちは佐川野々花さがわののか、でこっちが中学から同級生の穂浪ほなみこごみ。みーみって呼んであげて」

「ちょっと、そのあだ名は」

「いーじゃんいーじゃん!」


 中学の時は女子の友達なんて全くいなかったから、まともに喋るのも久しぶり。


(大丈夫か?緊張で変な顔になってないか…?)


「はーい!みなさん仲良くなれましたか?キャンプ中は今横になっている4人でひと班になってもらいますから」

「あっ、うちらでひと班だって!ちょうど良かったね~」

「それから現地についたら3年生の先輩が2人ついて、合計6人でいろいろなレクリエーションに挑戦してもらいますからね!」


 この時はまだ、キャンプ中にあんな大事件が起こるとは予想もしていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る