第10話

「定期代がもったいねぇとか」


「そうなのっ?」


「……」


「あのなぁ、言っとくが一応俺だって仕事してるし、親父さんが残してくれたこの家があるから家賃はかかんねぇし土地だって人に貸してるのがあるから寝てたってそれなりに金は入ってくる。全部込み込みで考えたって俺らは今それなりにいい暮らしができてんだぞ?定期も病院代も、れっきとした必要経費だろうが」


ゲンちゃんはいつのまにか私と、それからお姉ちゃんにも向けてそう話しながら自分の丼に乗ったエビフライを私の丼に二尾、お姉ちゃんの丼には四尾移動させた。


私達が四尾ずつ食べるとゲンちゃんのは二尾になっちゃう…


「チャリであの高校なら…片道二十分くらいか?冬になったら暗くなるのも早えし、そもそもお前は部活もあるし…それでもお前はチャリで行くのかよ?」


自転車の空気はすでにしっかりと入れ終わったというのに今それを聞くんだ…と思いつつも、私はそれにもしっかりと頷いた。


それでも「うーん…」と悩まし気な反応をするゲンちゃんとやっぱり不安げなお姉ちゃんに、私は一旦箸を置くとホワイトボードを手に取った。


『お金のことを気にしてるんじゃないよ。単純にずっと運動不足が気になってたからってだけ。私休みの日も全然家から出ないし、最近すぐ疲れるから』


自分で言っておいてその理由は弱いんじゃないかと思った私だけれど、案外二人は納得した。


「あー…それはまぁ…たしかにね…」


「部活も小木だしなぁ…」


「わかった!じゃあ部活とかで帰りが遅くなったら自転車を学校に置いたままにしてゲンちゃん呼んで?それだけ絶対約束!事故とかだけじゃなく不審者とかの心配もあるんだからね?怪しい人とかに襲われても声が出ないんじゃあ助けも呼べないんだから…いい!?わかった!?」


私はそれに右手の親指を立ててグーサインをした。


「はぁ…やっぱ門限とかも一応決めておくべきなのかなぁ~?ニイナに変な気起こそうなんて男がいたらもう絶対そいつのアレちょん切ってやるんだから」


そんなことを独り言のようにブツブツ言うお姉ちゃんは、自分の箸でさっき貰ったエビ四尾をゲンちゃんの丼に半ば放るように戻した。


「お前、俺の優しさを…」


「私別に欲しいとか言ってないもん」


これは私も返す流れだろうとさっき乗せられた二尾を戻せば、ゲンちゃんは「お前までなんだよ~!」と言いながら大袈裟にショックを受けていた。


それにお姉ちゃんは声を出して笑っていて、だから気付けばゲンちゃんも笑っていた。




“ニイナに変な気起こそうなんて男がいたら———…”



変な気を起こす、か。


実際のところ、変な気を起こしているのはむしろ私の方なのかもしれない。




その日の夜中、ふと目が覚めて喉が渇いた私は静かに自分の部屋を出た。


居間へと向かう時お姉ちゃん達の部屋の傍を通った時、微かに「…んっ、」と小さな声が聞こえて私は思わず足を止めた。




「ゲンちゃんっ…い…あっ、…もっ…ムリっ…」


「好きだよ、カナミ…っ、はぁっ…」




すぐに反転した私は、決して足音を立てないよう細心の注意を払いながら自分の部屋へと戻って行った。

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