第8話
それから約一週間後私は夏休み最終日を迎え、それも夕方となった。
トイレから出ると同時に台所から「ニイナー?聞いてるー?」というお姉ちゃんの声が聞こえて、手を洗った私はそのままそちらに向かった。
「もうニイナぁ!さっきからずっと呼んでたんだよ?」
ホワイトボードは隣の居間にある。
家の中ということもありメモ帳もボールペンも持っていない私は、トイレを指差してから軽くお腹を擦った。
「あぁ、トイレ行ってたんだ。ごめんね、気付かなかった。お腹痛いの?」
私がそれに首を振れば、お姉ちゃんは「そっか」と言って少しホッとしたような顔をした。
「晩ご飯ね、親子丼なんだけど上に乗せるエビフライは何個がいいか聞こうと思って」
お姉ちゃんのそれに、私は右手でピースをして見せた。
「二個?たった二個でいいの?エビフライってあれだよ?すんごい小さい、一口サイズのやつだよ?」
私はそれに笑顔で頷いた。
親子丼に毎回小さな海老フライが乗る家もたぶん少ない。
そんな私が名前も知らない人に“きもちわりっ”と言われるのはきっととても自然なこと。
「わかった。ニイナ、ゲンちゃんにも聞いてきてくれない?表で自転車のタイヤに空気入れてくれてるから」
私はそれに頷き、居間のホワイトボードを持ってすぐに玄関から外に出た。
表に出ると、ゲンちゃんは古びた自転車の前輪に空気入れの口金を繋げてまさに今せっせと空気を入れていた。
私の足音に気付いたゲンちゃんは、一度手を止めるとこちらを見るなり「おー、ニイナぁー」と言いながらまたせっせと空気入れのグリップを両手で上下に動かし始めた。
後輪のタイヤはぺたんこだった。
長年放置されていたそれは、もうすっかり空気が抜けきっていたらしい。
「これ俺が中学の時に乗ってたやつだからめちゃくちゃ年季入ってっけど、お前本当にこれ乗るのか?」
私はそれに笑顔で大きく頷いた。
「必要なら新しいの買ってもいいんだぞ?今時のJKはみんなもっと可愛げのある洒落たチャリ乗ってんだろ」
ゲンちゃんはそう言ってくれたけれど、私は迷わず首を振った。
「ふーん…まぁお前がいいって言うなら俺は何でもいいけどよ」
そう言いながら前輪の空気を入れ終えたらしいゲンちゃんは、しゃがみ込んでタイヤから口金を外してキャップをつけていた。
『ゲンちゃんは仕事から帰って来てもいつも何かと忙しそうにしてるね?』
ホワイトボードに書いたそれをそちらに向けながらペンの反対側でボードを軽く叩けば、ゲンちゃんはしゃがみ込んだままこちらを振り返ってそれを読んだ。
「あぁ、この前は網戸の滑りが悪いってんで窓のサッシに油を入れたな。その前は物置の電球を変えた」
ゲンちゃんはそう言いながら再び自転車へと向き直り、今度は後輪へと空気入れの口金を繋げた。
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