第7話
すでに多くの生徒が靴を履き替えているそこで、私も同じように上履きに履き替えていた。
靴箱から取り出したそれに足を入れたちょうどその時、突然ドンッ!っと左肩に後ろから誰かがぶつかるような衝撃を受けて私は思わず一歩前に出て前のめりになった。
「っ、」
「おわっ!ごめんねっ?大丈夫っ?」
その声に体を起こしながらそちらを見れば、見たことのない男子生徒が私の顔を覗き込んでいた。
知らない人だけれど、ここにいるということは同じ二年の誰かなのだろう。
「ん?おーい、聞いてる?」
そう言いながら遠慮なく私の左肩をガシッと掴んできたその人に、私は“平気だよ”という意味を込めて苦笑いをしながら右手を顔の前で左右に振った。
けれどそんな私の思いは、その仕草だけでは伝わらなかったらしい。
「…チッ…謝ってんだから何か言えよ」
さっきよりうんと低い声でそんなことを呟いたその人に、私は慌てて胸ポケットに右手を伸ばした。
「おい谷やん、やめとけやめとけ」
「え?何がぁ?」
「知らねぇの?今の奴喋れねぇんだよ」
すでに私に背を向け歩き出しているその二人に、私は急いでボールペンと一緒に取り出したメモ帳の適当なページを開いた。
「は?いや何それ」
「まんま。耳は聞こえるけど喋れねんだって」
「そんな奴いんの?」
「ここにいたじゃん」
ペン先がノートに触れかけたちょうどその時、
「マジか。なんかきもちわりっ」
聞こえてきたそれに、私はメモ帳とボールペンを持ったまま固まった。
周辺から聞こえる無数の足音が、なんだか別空間のもののように聞こえた気がした。
しばらくして手元から顔を上げると、さっきの二人はもうそこにはいなかった。
私はそっと、メモ帳とボールペンを胸ポケットに戻した。
人間何度も同じことがあればそれなりに慣れるもの。
なのにその状況に出くわせばしっかり足掻こうとする私は我ながら少し滑稽に思う。
ご覧の通り私は誰がどう見ても少数派の人間だ。
二人姉妹で、親がいなくて、古い平屋に住んでいて、そこにはお姉ちゃんの彼氏も一緒で、お姉ちゃんは足が悪くて、彼氏は高校を卒業すると同時に建設業の仕事に就いていて、…
そうやって一つずつこの世界に生きる人達を篩にかけていき、
“喋れない”
最後のそれで私は本当の本当に少数派へと分類される。
もしかするとそこにいるのはこの世界中で私一人かもしれないし、もっと早い段階で私は一人だったのかもしれない。
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