四章 皇女の一日の終わり
一つ、瞬きをすれば、見慣れない装飾の城から見慣れた装飾の城に戻ってきていた。
素早く一番近くに見える窓から外を見て、ここがフォルテナであることを確認した。
「皇女様、ご無事ですか!」
「姉様!」
見れば五貴人の一人であるヘルベスタと、フォルティナの弟であるアスターリャがこちらに向かってきていた。
まだフォルティナより低い身長のアスターリャの頭をなでて、フォルティナはその顔を覗き込んだ。
「ええ、平気です。わたくしがいない間、なにか大きな出来事はありましたか?」
「大きな出来事は特には。詳しい戦況は後に報告書にてご報告させていただきます」
「ええ、それでいいわ。負傷者の数だけ今教えなさい」
「最北の砦にて、五人が負傷、北東、北西の砦にて、一人ずつ負傷者がでております。ですが、その……皇子様のおられるところで、話すことでは、その、ないのでは」
ヘルベスタは言いにくそうに、フォルティナにそう告げた。
フォルティナはそれを顔色一つ変えず、こくりと頷いた。まるでその通りだというかのように。けれどフォルティナの口からでた言葉は、表面だけ受け取れば糾弾の意味を含みそうなものだった。
「ヘルベスタ。貴方はそう考えるのね」
「い、いえその決して……」
うろたえるヘルベスタに、フォルティナは一つ笑いをこぼしたあと、すぐに唇とまなざしを引き締める。
「そういうのはいいわ。貴方の言うことも正しい。幼いこの子にまだ聞かせる話ではないわ。でも、今のフォルテナではそうあることは難しい。……この意味がわかるわね? アスターリャ」
「はい。姉様の次は……僕だから」
「貴方だからよ、アスターリャ」
もはや被せるかのように、フォルティナはそう言った。
わかっているならいいと言うようにうなずいて、まだ何かを言いかけたアスターリャの唇を、ぴんと伸ばした人差し指でふさぐ。
「わたくしが、最後の皇女になるわけにはいかない。繋がなくては。……このままでは子をもうけることは難しいでしょう。であれば、次は当然アスターリャでしょう」
フォルティナは諦めるわけにはいかない。
アスターリャのために、フォルテナの全ての民のために。
過去の歴史を守るため、今の平穏を守るため、未来の存在を守るため。
フォルティナは当然知っている。今自身の肩にのしかかっているおもしがどれほど重く、受け止めるには自分はあまりに華奢であることを。
「わたくしは、続いてほしい」
「皇女様、なにか?」
「いいえ、独り言よ、気にしないで」
フォルテナの民が呪に怯え、それを恐れる限り、フォルティナはそんな欲望を抱く。
こつこつ、と廊下を歩き、両親のいる部屋へと迷いなく進む。
そんなフォルティナを見ると、城にいる人々は自ら端へより頭を深々と下げる。
フォルティナが見えなくなるまで。
「ここまでで結構よ、ヘルベスタ。護衛をどうも有り難う」
「いいえ、礼を言われるほどのことではありません。それが私の役目ですから」
「そう。それでも、有り難う」
「……はい」
ヘルベスタも、道中の者と同じように深々と頭を下げ、フォルティナとアスターリャが扉の奥へ消えていくのを見送る。
扉が閉まりきってから、ヘルベスタは顔をあげた。その顔には涙が伝っており、腰と胸に添えられていた手を爪が皮膚を突き破るのではないのかというほど、握りしめる。
「私は、いつまで貴方様と話せるのでしょうか……?」
そんなヘルベスタの声を、扉ごしに聞いていたフォルティナは何も言えず沈黙する。
自分が確実に死への道を歩んでいるのは知っていた。
戦いには犠牲がつきものであり、何かを成すには代償が必要である。
フォルティナはそう考えているからこそ、何も言えなかった。
そしてアスターリャはそんな姉の姿を悲しそうに見つめていた。
「フォルティナ? 帰ったの?」
その声に、フォルティナは、はっと顔をあげる。
部屋の奥には、目に布を巻いて、椅子に座ったままこちらを見る貴婦人がいた。
フォルティナとアスターリャは素早く近寄って、その貴婦人の側に膝をつく。
「ええ、ウィザリア皇妃に御挨拶申し上げます。……お母様、ただいま帰りました」
「おかえりなさい、フォルティナ。ロカウェル殿はフォルティナの目から見てどうでしたか?」
「読めない人物ですね。終始わたくしを試しておられました。……でも、お母様と選んだチョコレートはお気に召されたみたいよ。お顔が喜んでらしたもの」
「そう、頑張ったわね。フォルティナ」
そういって、ウィザリアは手探りでフォルティナを探し当てるとゆっくりと抱きしめた。
フォルティナも微かに頬を染めながら母親の体に腕を回した。
「お母様、もうわたくしは幼子ではなくてよ?」
「いくつになっても私の可愛い子どもなのには変わりないわ。アスターリャもいらっしゃい。今日も勉強を頑張っていたと聞きましたよ」
「うん、そうなんだ」
そういってアスターリャは嬉しそうにウィザリアに抱き着く。
フォルティナは自分の隣に来た弟の頭を優しくなでると、ゆっくりとその体を母から離した。
「お母様、傷の調子はどう?」
「変わりないわ。……治る気配はしないけれど、進行する気配もない。心配はいらないわ」
「ならいいわ。わたくし、今日はもう休むわね。近くにロカウェル様から連絡が届くでしょう。同盟の話はその時にするわ」
「ええ。ゆっくり休みなさい。フォルティナ。おやすみなさい、よい夢を」
「ええ。お母様も、アスターリャもよい夢を。アスターリャ、夜更かしをしてはだめよ?」
「わかってるよ、お姉さま」
「ふふ」
少し不服そうな、アスターリャの頬を軽くつつくと、フォルティナは身を翻して、自室へと向かう。
侍女の手を借りず、気楽な格好に着替えたフォルティナはそのままベッドへ倒れこんだ。
「疲れたわ」
枕に顔を押し付ける。そうすれば、例え涙を流したとしても、布が吸い取ってなかったことにしてくれる。
「それに、怖かった」
フォルティナは強くない。強くあるように自らを鼓舞しているだけ。
本当は、首に剣を突き付けられた時も、ロカウェルに睨まれた時も怖くて、体が震えて仕方がなかった。
「わたくしは、それでも戦わなくては。ヘルベスタ、わたくしは、自分が犠牲になるのは怖い。でも、そうでなくては民を犠牲にしろと言うの? そのほうが、わたくしには耐えられない。……ごめんなさい」
フォルティナは知っている。自身が選んだ道を嘆いてくれる優しい家族と臣下がいることを。
それでも、フォルティナは戦う。何かを救うというのは……時に大きな犠牲を伴うとしても。
「なにもかも手遅れであるような……そんな悪夢じゃありませんように」
皇国フォルテナは救いを信じない 白昼夢茶々猫 @hiruneko22
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。皇国フォルテナは救いを信じないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます