三章 魔王は自室にて反省する

 俺が送ろう、そう言って自身の得意とする転移魔術でフォルティナを自国に送った。

 恐らく、フォルテナの城のエントランスについたことだろう。

 彼女の自室の位置は知らない、知っていたら魔王から変質者へと称号が変わることだろう。

 それでもフォルテナの城には過去に数度、行ったことがあった。

 その時の記憶で送ったが大丈夫だろうか。


 ロカウェルは魔王であり、端的に表すなら、ディスピアルの魔族の中で一番強い者であると言える。

 魔族の魔力の高さは様々な能力の向上をもたらす。その中には、寿命も含まれていた。故に、魔族には年齢という概念があまりなかったりする。

 生きている長さで言えば、フォルティナの十倍ほどは生きているだろう。

 だからロカウェルは、きっとフォルティナが思っているよりも多くの事を知っている。

 フォルテナの予言の事、フォルティナの両親の事、それよりも前の王族たちのこと。

 彼らが、滅びの未来を知っていながら、何度も苦しめられながら、抗いながら、それでも確かに、フォルティナの肩へとおもしを積み上げていったことも。


 捨ててしまえばいい。時々、耳にはいる、フォルテナの戦況報告を聞いて、何度思ったことかわからない。

 フォルティナは知っているのかもしれない。だが、ロカウェルはそれでも突き付けてやりたかった。

 貴様が必死で守ろうとしている国を、過去の王族は、それほどまで必死に守り抜こうとしていなかったと。そのツケを今、貴様が払うことになっていると。


「そこまで命をかけることは、ないだろう」


 目を閉じれば、すぐに、己の騎士にとりおさえられ、それでも毅然としてこちらを見るフォルティナが浮かぶ。彼女の首に伝った、鮮やかな赤までも。

 フォルティナ最後の皇女、などという重すぎる名前を背負った彼女にロカウェルはよくも悪くも興味を持っていた。

 その重責に耐え切れずつぶれるのか、狂うのか。

 それがどうだ、今日、実際にあった彼女は、そんな重責を全て受け止め、それでも己の足でしっかりと立っていた。


「今年、二十歳だったか」


 到底、そうは思えない態度をとっていた。と思い出す。

 だが、けしてその内心は見た目どおりではないんだろうなとも思う。

 床に崩れ落ちたとき、悔しそうな、泣きそうな顔をしたこと。

 ロカウェルに首をつかまれたとき、覚悟していたといいながら身を固くし、軽く震えていたこと。

 怖くないわけが、ないだろう。

 魔族と違い、人族は簡単に死ぬ。

 それだというのに、ほとんど、毎日、最前線、もしくは激戦区に行っては戦っているらしい。

 理性なく、全てを破壊せんとする呪と対峙するよりも、理性ある己と話す方が怖くないのか。

 そんなわけがない。

 だが、フォルテナを守るため、今日を生き抜くためなら、なんでもしてやるという心意気なんだろう。

 ロカウェルはだから首を縦に振った。

 フォルティナは自分以外に適任がいるものか、そう言ったが、実際のところロカウェルは他のものが使いとして来ていたら話も聞かず追い出しただろう。


 そこまで考えてロカウェルは、ほどけたリボンと、箱を見つめた。

 フォルティナが手土産に持ってきたチョコレート。

 律儀にこちらの好物まで調べて持ってきたフォルティナのそういうところは、素直に好ましいと思う。

 魔族にこんな面倒臭いことをする奴は、知っている限り一人もいない。

 人らしい、そういう行動に何度も恐怖するのだ。人として、いつか自分の知らないところで唐突に死ぬのではないかと。

 重すぎるものを背負い続けた少女興味対象がそうなることをロカウェルは望まなかった。


 いそいそと、紅茶を自ら用意して、改めてチョコレートを見つめる。

 フォルティナはどうやって調べたのか知らないが、確かにロカウェルはチョコレートが大好物だった。

 ひとつを選ぶと、ゆっくりと口まで運び一口かじる。

 濃厚なチョコレートが口の中に広がり、思わずロカウェルの唇がほころんだ。


「本当に、なんの細工もしてないのだな」


 皇国フォルテナと魔族領ディスピアルは敵対していた時期がないわけではない。

 だから、フォルティナが訪ねてきたとき、素直にもてなすことをせず、警戒した。

 フォルティナであれば、その聖術は非常に厄介で、魔王とその優秀な側近が揃っていても尚、脅威になることは間違いない。

 ただ、フォルティナは警護の者を一人もつけていなかったし、武器のようなものは帯びていなかった。

 それはそれで王族としてどうなのか、とも思わなくもないが。

 丸腰のフォルティナに大人げないことをしたと、チョコレートの残りを口に入れながらロカウェルは前髪をかきあげた。


 仕方あるまい。ディスピアルをこのまま侵食され続けるわけにもいかない。

 それであれば、フォルテナに協力し、この面倒臭いことに首を突っ込むのも仕方ないだろう。

 だが、とロカウェルは思った。

 次の魔王に、人に興味を持つとロクなことにならないと書き記しておくべきか。

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