第7話 ……どうか、最期に……

 ……だけど、一つだけ――


「……ねえ、エリス。今更だけど……なんで、貴方はこんなことをしているの?」


 そう、目下最たる疑問を投げ掛ける。それが、どうしても分からなかった。もちろん、たった数ヶ月で知ったようなことは言えないけど……それでも、彼なら他にいくらでも――


「……親がな、犯罪者なんだよ。それも、殺人犯」

「……っ!? ……その……ごめん」

「……なんで、あんたが謝んだよ。俺の方こそ、黙っててごめんな」


 少し俯き謝意を述べる私に、彼もまた暖かな声音こえで謝意を告げる。……そっか、そうなんだ。彼も、私とは違う理由で真っ当な仕事が得られなくて――



「――それで、すっかり忘れそうだったが……そう言えば、結構な衝撃発言してたよな。なんか、俺を買いたいとか」

「……あっ、うん」


 それからややあって、何処か揶揄からかうように微笑みそう口にするエリス。……そうだ、そんなとんでもないこと言ったんだった。


 ……でも、なんで? 売春の苦痛から、エリスを救うため? ……いや、違う。……いや、違くはないかもしれないけど……それでも、それが最たる理由ではなく。


 

 ――私はただ、嫌だった。これ以上、彼が他の誰かと身体を重ねることが。これ以上、他の誰かを知ってほしくなかった。もう、今更だけど――それでも、私だけの彼でいてほしいと願ってしまった。


 まあ、何にせよもう意味なんてないんだけど。買うと言っても、もはや私のお金じゃないし……それに……それに……私の命は、じきに終える。……だから……どうか――



「……どうか、最期に……私を、抱いて?」



 そう、彼の目を真っ直ぐに見つめ尋ねる。すると、暫し間があった後――



「……分かった」


 そう、真摯に答えるエリスの姿が。最期に――そんな私の言葉が、紛れもない真実だと理解してくれたのだろう。……ほんと、勝手だなぁ。彼は、そんなの望んでいない。ましてや、こんな穢れ切った私なんかと――


「……ところで、ソフィ。誤解のないよう、一応言っておきたいんだが――別に、同じ境遇なら誰でも良かったわけじゃない」

「…………へ?」

「……今更だし、到底信じられないかもしれないが――俺は、あんたじゃなきゃ駄目だと思った。一目見た時から、あんたじゃなきゃ駄目だって。あんたは……誰よりも綺麗だよ、ソフィ」

「……っ!? ……エリ、ス……」



 ――そこからは、お互い一言も発さなかった。それでも、まるで心が重なっているように、いとも自然に身体を重ねる。お互い、すっかり穢れてしまった――それでも、誰より綺麗な生まれたままの姿で。


 そっと視線を移すと、燭台に灯る暖かな火が仄かに揺れている。外の雪と対をなすような、鮮やかなオレンジ色の火が。そんな幻想的な光景をぼんやり眺め、再びエリスへ視線を戻す。そして――




 ――二人だけの空間せかいで、灯火あかりがふっと消えていく。





 

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灯火 暦海 @koyomi-a

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