悪役令嬢、王子になる

桃川時雨

王子、自覚する

 お姉様、と駆け寄る声にハッとする。そうだ、ついさっき階段から滑り落ち、思い切り頭をぶつけたんだ。一気に思考が滑らかになって、全てを思い出す。

 私は侯爵令嬢のレティ……レティ・ロヤルヴィットだ。少なくとも今頭をぶつけるまでは。昨日までの"私"は横暴で、偉そうで、義妹に辛く当たる……そう、これは……"悪役令嬢"だ。私はそれを、知っている。これは、ゲームだ。

 自分はこのゲームをプレイしたことがある、と今突然に思い出した。


「お、お姉様……?」


 そばで不安そうな顔をしているのはリルテ、彼女は血の繋がらない妹だ。普段ならここで私がリルテに押されただの騒ぐ場面であり、メイドたちもそれを察したのか不穏そうな顔色を見せている。

 けれど。

 僕は、そんなことをしない。


「そんな不安そうな顔をしないで、僕の愛しのリルテ。大丈夫、少し転んだだけさ」

「あ、え、……ねえ、さま?」


 思わず口をついた言葉にリルテが驚く。無理もない、昨日まで冷たく接されていた姉が手を握ってきたのだ。一旦義妹のことは放置して改めて周りを見渡した。メイドや執事に義妹、そして父と母。昨日まで義妹に冷たくしていた我儘娘が突然変貌したのだ、頭を打ったせいだと思われるだろう。


 僕は普通の女子高生だった。ただちょっと、王子に憧れているだけの。自分が制服でスカートを着ていることに違和感を感じていたし、クラスメイトの男子に一ミリも魅力を感じない。むしろ、そんな男子たちに恋愛で泣かされている友達を見て自分ならそんなふうに悲しませないのに、なんて思っていた。御伽噺の王子に自分がなって、跪いて手を取りたかった。

 いつの間にか一人称は僕に代わり、女の子に優しくしては欲しいであろう言葉をかけ続けた。恋愛対象とかは分からなかったけど、とにかく可愛らしい女性が好きだった。そんな中でパッケージに惹かれて購入したゲーム、それが「白百合のお姫様」だ。ヒロインであるリルテが意地悪な姉の妨害を耐えながら、攻略対象たちと魔法学園で生活し恋を育んでいく物語。そのヒロイン……リルテは本当に愛くるしい。孤児だった彼女は父に拾われ、ロヤルヴィット家の令嬢として生活していくのだが桃色の頬、長い睫毛に太陽みたいな金色のふわふわとした髪の毛。誰もが見蕩れる可憐な少女だからこそ、レティは妬み虐めたのだろう。歳は同じだが拾われてきた関係で便宜上妹という扱いなのも気に食わないのかもしれない。そりゃそうだ、彼女にとっては後から来たリルテなど赤の他人でしかない。


 そんなレティに、今僕がなっている。そしてパッケージで一目惚れしたリルテが、僕のことを心配して眺めているのだ。


「……僕って今、……何歳でしたっけ」

「おいおいレティ、本当に大丈夫か。明日から聖リリアーヌ魔法学園に通うというのに……」


 ありがとう、つまり大体15歳くらいらしい。聖リリアーヌ学園というのは白百合のお姫様の舞台である学園のことだ。全寮制で、貴族たちが通う名門校。攻略対象たちもそこに通っている。ちなみに散々"魔法"学園と言っている通りこの世界には魔法やら魔術が存在している。生きる人間全てに魔力が存在し、学園でそれの使い方を学ぶ。魔法を覚えてからのレティからリルテへの嫌がらせは更に苛烈を極めるわけだが……。


「お姉様、あの……」

「ああ、すまない手を握ったままだったね」


 悪役令嬢たる振る舞いなど、正直出来る気がしない。全ての女の子には優しく接しろと、以前の僕はそう振舞っていた。……それにしてもどうして僕はここにいるんだろう。所謂転生、というやつなら以前の僕は死んだのか?乙女ゲームはよくやるものの転生云々には詳しくない。それよりも実物のリルテが本当に可愛くて胸がドキドキする。生前(と、一応仮定しておこう。)の僕は女性のことは好きだったけれど恋愛対象とまでは思っていなくてあくまで可愛がるもの、愛でるべきものと考えていたけれどリルテを間近で見てしまうと恋してしまいそうになる。良い香りがするし、細くて綺麗でお人形みたいだった。ちなみにレティの見た目だが世界観をぶち壊すような紫髪を長く伸ばして巻いており、キツイつり目をしている。いかにもヴィランですよという感じだ。


「失礼しました、少し頭を打って混乱していたようです」


 立ち上がり、周りに一礼する。そしてリルテにニコッと微笑みを向けてから自分の部屋へすたすたと戻る。明らかに様子の変わった僕の様子を案じた声がやかましいけど無視無視!一旦持ち帰った検討しま〜す!

 自室に入り天蓋付きのベッドに伏す。


「リルテ、可愛すぎる……!」


 寝転んでからの第一声はこれだった。


「ていうか僕死んでるの?何?なんでゲームの世界に!?」


 二言目にやっと、現状への困惑。これが転生だと言うのなら前世の僕はどうやって死んだんだろう。全く記憶にない。事故にあったとか、誰かに殺されたとか、病気だとか。そのどれも思い当たりがない。記憶から消えている、のかなあ。


「まあ、考えても仕方がないか!」


 そう、王子ムーブでずっと誤魔化していたけど僕は頭が悪いのだ!勉強面とかではない、心理がアホ。難しいことはよくわからないし、考えても仕方がないから諦めた。

 適当な日記帳を見つけて、とりあえず現状分かっていることを書き出していく。ここがゲームの中だとか、ゲームのタイトルや世界観。そして僕と、リルテのこと。


「正直ヒロインのことばっかり考えてたから攻略対象のことを全く思い出せない」


 所謂メインの攻略対象があまりにも理想の王子像とかけ離れていて好みじゃなかったことだけ覚えている。他の攻略対象についての記憶もすぐ薄い。


「まあ明日から学園暮らしなわけだし、大丈夫かな」


 何か大切なことを忘れているような気がしなくもないが、僕は考えるのをやめた。



 *


「思い出したー!!」

「お嬢様!?」


 身支度をしながら叫んでしまいメイドに大きめの声で驚かれてしまう。ごめんね、美しいメイドさん。

 そう、レティ・ロヤルヴィットには婚約者がいる。その婚約者こそメイン攻略対象のランドル・ギルセンブだ!ちなみにゲーム本編ではレティの悪行に耐えかねてしっかり婚約破棄をされ、ランドルはリルテを選ぶ。レティには散々お灸が据えられ、学園を退学し破滅エンドへ。……そっか、このまま行くと僕は破滅してしまうんだ!困る、それは。リルテの可愛い姿を見られなくなってしまうなんて!破滅エンドだけは避けないといけない、立ち回りには気をつけないと。……こういうの、悪役令嬢転生もののテンプレだったよな確か。テンプレ通りの行動をするのは面白味に欠けるけれど、己の平穏の為なら仕方ない。


「レティ様、折角の入学式という晴れ舞台……御髪はどのように致しますか?」

「ああ、髪か……鋏を取ってもらえるかい?」

「は、はい」


 昨日からずっと僕の話し方がおかしいことに狼狽えながらもメイドが細い散髪用の鋏を渡してくる。


 ばっさり、と。

 うん、生前はショートカットにしていたし今世もこれがちょうどいい。この時点で僕の中の悪役令嬢レティ・ロヤルヴィットには死んでもらう。

 はらはらと落ちていく僕の髪の毛を見て屋敷に響き渡るような大絶叫をされたのはここだけの話。


 *


 入学式、なっがかった。ひげもじゃの校長先生の話が特に長くて、どの世界でも校長先生の話って長引くものなんだなあ。


「リルテ、お疲れ様。教室へ向かおうか」

「そうですね、おねえさ……」

「レティ!」


 僕と義妹の会話に割って入る声がした。振り向くと、背が高くて蜂蜜色の髪の毛をした男。


「ランドル様」


 そう、原作で言うところの僕の婚約者、ランドル・ギルセンブ。彼は僕とリルテのところに駆け寄ると、呆れたような声を上げる。


「レティ、お前はまたリルテに何か言ってるんじゃないか?」

「ら、ランドル様……本当に違うんです、あの、お姉様、昨日から……」

「やあランドル、素敵な朝だね。今日から学園での生活で舞い上がってしまっていてね、リルテとその事について話していたところだよ」

「…………レティ?」

「そうとも、君の婚約者、レティさ」


 しれっと呼び捨てにしてしまったけどまずい気がする。ランドルはぽかんと口を開けているし、リルテは気まずそうに視線を揺らしていた。……口調くらいは以前のレティ本人らしい風に戻すべきだろうか。いやでも、思い出してしまったからには僕はこのムーブを辞められない!


「さ、さあ。早く教室に向かおうじゃないか!僕らは偶然にも同じクラスだったね?」

「あっ、おいレティお前大丈夫か、色々と」

「僕はいつも通りさ!」

「どこがだ!」


 どうやら心配されているらしい。この時点ではまだ二人は婚約者だからまあ案じるのは当然だけれど、将来的にこの男はレティよりリルテを選ぶんだよな……という目で見てしまう。そりゃあレティの素行が悪いし、悪行を続けていれば周りから人はいなくなる。けれど婚約者に捨てられるだなんてあんまりだ。レティのキャラデザこそ刺さらなかったものの、ゲームをしていた時はレティを救うルートがあれば良いのにと考えていた。

 そうだ、僕がルートを構築してしまえば良い。僕が今世で幸せに生きる。悪の道に走らず(記憶を取り戻すまでの日々はもう取り返しがつかないが)、リルテを可愛がり悔しいながらも彼女が攻略対象と円満になるのをサポートする。そうすれば、破滅ルートには行かずに済むかもしれない。


「実は僕、心を入れ替えたんだ……これまでリルテがあまりにも可愛くて妬んでしまい、酷いことをしてきたけれど、今日から学生だからね。これを機にちゃんと姉らしい振る舞いをしようと思って」

「お姉様……!」


 この世界に来てからのリルテのセリフ、ほぼお姉様じゃないかな。リルテの声はとってもキュートなんだから他のことも喋らせてあげなさい。


「……正直、お前のリルテに対する行動には辟易していた。……が、それを改めるというのであれば俺とて止める理由は無いな」

「だろう?」

「だがその髪はなんだ?あれ程髪に気を遣い、伸ばしていただろう」

「うーん、ほら。悪人が罪を償う時には頭を丸めたりするだろう、それだよ」

「なんだそれは……」


 この世界では囚人は頭を刈らないようだ。まあ、そりゃそうだろうね。似合っていると思っているけれど、そんなに変かなこのショートカット。自分で切ったあとメイドがきちんと揃えてくれたから見栄えも良いはずなんだが。


「似合わないかい?」

「淑女なら髪は伸ばしているべきだろう!というかお前もそう散々言っていたはずだ!」

「淑女たるもの、ねえ……」


 そういえば前世でもそうだった。女らしくしろ、髪を伸ばせ。スカートを嫌がるな。女の子ならピンクが好きだよね、とか。そういうのが嫌で、僕は変わったんだ。僕は、僕らしく。


「私は、似合っていると思います」


 暫し続いた静寂を打ち破ったのは意外にもリルテだった。まぁるい頬を真っ赤に染めて、ぷるぷると震えながらランドルを見る。


「淑女だからなんて関係ありませんっ、お姉様は短い髪の毛もお似合いなんです!」


 ランドルと顔を見合せて思わずぽかんとする。リルテに声を荒らげるイメージが無いからだ。しかも、僕のために……!


「確かにお姉様は昨日から、……前のお姉様と雰囲気が変わりました。でも、なんだか今のお姉様はとても優しくて、私は好きです」

「リルテ……!」


 義妹が眩しすぎるが、それよりもランドルが呆気に取られていることをどうにかした方が良いと思うんだけどな。いやしかし嬉しい、あまりにも。

 こほん、とランドルが咳払いをする。


「それもそうだな、……悪かった。髪は似合っている、……と、思う」

「ありがとう、ランドル」


 こういうところが、ツンデレというかなんというか……攻略対象としては一番人気なだけある。まあ僕には刺さらないんだけど。女の子のことなんか無条件に褒めるべきだろうが。相手が僕で良かったな、これでリルテに対して何か言っていたら拳が出ていた。


 予鈴がなる。僕らは会話もそこそこに教室に入り席に着いては教師の話を聞くことになるのだった。



 *



「レティ様、御髪はどうなさったの!?」

「短いお姿もお似合いですけれど……」


 初日は授業が無い。この後それぞれ寮の部屋に行く時間だが、そこで二人の女性に話しかけられる。

 ああ、思い出した。ゲームでは立ち絵が無いから一瞬顔を見てもわからなかったが、この二人はレティの取り巻きであるルージィとセフィナだ。二人とも貴族の娘で、幼少期からレティと交流があり慕っている。この二人もレティと共にリルテをいじめている。

 ……さて、二人に今の状況をどう説明しよう。


「やあ、ルージィ、セフィナ」

「まあ!頭をぶつけてしまって様子がおかしいという噂は本当でしたのね!?お労しいこと」

「リルテに押されたと聞きましたわ!あの女狐、許せない!」


 女狐顔なのはむしろ僕なんだけどなあ。ともかく誤解は解かないとね。

 この二人だって、僕が……レティが言わなければきっとリルテのことはいじめない。根は優しいはずだ。


「僕が勝手に転んだんだ、リルテは悪くないよ」

「えっ、あ……でもぉ……」

「これからはね、リルテと仲良くしようと思うんだ。だから君たちも余計な手出しは不要だよ?」


 あからさまに困惑している。そりゃそうだろう、寄ってたかって嫌がらせをしていた相手と仲良くすると宣言したのだ。頭を打って気を違えたと思われても仕方がない。

 けれどここで言っておかないと、今後もリルテに何かしでかしてしまう可能性があるから釘を刺しておかないと。


「あ、そうだ。今後は無理して僕に付き従わなくて良いからね。君たちのしたいように学園生活を謳歌してくれたまえ!」

「そ、そんな」


 席から立ち上がり、リルテのところへ向かう。正直取り巻きなんて不要だ。普通の仲の良い友達ならまだしも、へこへこされては困る。

 さて、寮の部屋は張り出されているらしい。とはいえ僕は知っている、僕とリルテは別の部屋だ。だから正直見に行かなくても良いんだけれど……。


「あの、お姉様……お部屋の確認の前に少しお手洗いに行ってまいります」

「ああ、わかった。行っておいで」


 快く送り出してから、周りを見渡す。ランドルは

 どうやら部屋割りを見に行ったようだ。まだ何か突っかかって来るだろうと思っていたが、そうでも無かったらしい。


 それにしてもリルテと同室だったら良かったんだけどなあ。めくるめく素晴らしい生活の幕開けだっていうのに。まあ、原作ゲーム内で寮での生活なんてほとんど描写は無いんだけど。確かリルテの同室がお助けキャラで色々なことを教えてくれる……くらいでしか寮生の描写が無い。あくまで攻略対象との交流がメインだからだ。女子キャラはほぼ登場しない……、まあ乙女ゲームってそういうものだろう。


「貴女がレティ様をおかしくしたんでしょう!」


 トイレの方向から声がした。

 甲高い女の声。これは……ルージィ?

 まさか、と思って騒ぎの発生源に駆け寄る。トイレから出たすぐの廊下で何か起きているらしい。

 見てみるとルージィとセフィナと数人の女生徒が、リルテを取り囲んで何やら言っている。内容は僕を上げてリルテを下げるような内容ばかり。

 拾い子、捨て子。要らない子。変な子。

 心がざわつく。

 前世での僕は、大体の人には性格や生き方を受け入れてもらっていた。けれど一部の人間や……母親には、王子であろうという振る舞いを受け入れてもらえなかった。その人たちに散々言われたのだ、僕は変で要らない子だと。

 それを思い出して、徐々に頭に血が上る。


「ルージィ、セフィナ!」

「ひっ……」


 僕の怒声に人々がどよめく。そんなことお構い無しに、僕はリルテを守るように立ちはだかる。


「手出しは不要と言ったはずだ、僕はリルテと今後は仲良くするんだと!」

「で、ですけれど……きっとこの女に何か脅されているのでは?」

「そうですわぁ!明らかにレティ様、様子がおかしいですもの!」


 まあ様子はおかしいだろうなあ。僕だって昨日までいじめっ子だった人間が急に改心しました!なんて言ってきてもすぐ信用出来ない。だからと言って、リルテが僕を唆したように思われては困る。


「違う!リルテは関係ない、僕は僕単体でおかしいんだ!」

「お、お姉様その説明もどうかと……」


 あ、困惑しているリルテが可愛い。しかし転生だのなんだのをこと細かく説明するわけにも行かない。どうしたらいいんだろう。

 取り巻きも、周りの生徒も僕らをじっと見ている。リルテへの棘のある視線、僕への猜疑心。困って、困って、困り果てて。それでも眉を下げて今にも泣きそうな顔をしているリルテを見てしまってはこの状況を打開しないといけなくて。


「ぼ、僕は……レティ・ロヤルヴィットは!」


 高らかに叫んでから、何を言えば良いのか迷う。先に考えておくべきだった。全員の視線が僕に向く。

 僕はもうリルテと仲良くしたいと思っていて。昨日までの僕とは違う人間で。悪役令嬢じゃなくて、王子になりたくて

 だから。

 だから──。



 キスを、した。

 周りから悲鳴が上がるのを無視して、リルテの柔らかい唇を奪う。ほんの数秒だけれど、酷く甘い時間。

 そして離れる。リルテの顔をすぐに見ることが出来なくて、そのまま観衆に向き直った。ルージィとセフィナが呆然としている。


「……わかったか、今後リルテに何かしたら僕が許さない!」


 何がわかったか、だ!何も分からないだろう!そもそも僕の恋愛対象は……どっちなんだ?女の子のことを可愛がりたいとは思っているけれどそれは性愛ではない、はずだった。王子になりたいとおもっているのもあくまで王子のような振る舞いをしたいというだけで、男になりたい訳でもない。どっちつかずのまま、僕はリルテにキスをしてしまった。でもそうしたくなってしまったんだ。泣きそうなリルテを、どうにかしてあげたくて。

 騒ぎを聞き付けてやってきたであろうランドルが目をかっぴらいてこちらを見ていた。やばい、キスのところから見られていたら説明が面倒だ。破滅など関係なく婚約破棄されています。……いや、婚約自体には興味が無いけれど僕が破滅したら困る!


「お姉様」


 はっとしてここでようやくリルテの顔を見る。怒られるだろうか?気持ち悪がられるだろうか?冷や汗がだらだら流れてくる。


「リッ、リルテ!あの、今のは……──ん、っ!?」

「レティ、ねえさま」


 柔らかい唇と再度触れ合う。周りが──あるいは、婚約者のランドルが見ているのもお構い無しに、リルテが僕の頬を両手で包んで僕に唇を重ねていた。不意打ちで、抱き寄せることも出来ない。


「私、嬉しいです……」


 唇が離れた後のリルテの顔は、林檎のように真っ赤に染まっている。そしてうっとりとした笑みを向けて、僕に抱きつく。

 あれ、様子がおかしい。ぐらりと一瞬視界が歪んだと思ったら、リルテの頭の上に何か見える。

 大きな、大きなハートが。なんだ、これ。

 ……好感度マックスのキャラに表示される赤いハートだ。そう、原作ゲーム内で好感度は小さなピンクのハートで示され、それを集めていくと大きな赤いハートになる。それは好感度マックスかつルート成立の証であるのだが、それが今リルテの頭上に存在した。


「ちょっと拾われ子!レティ様に何を……」

「私もお姉様が好きです」


 私、も?いや別に僕は好きとは言ってないんだが!いや、姉として大変好ましく思っているけれども。ルージィの言葉を遮って、もはや完全に二人の世界を作り出す。


「お姉様、ずっと一緒……」


 どうやら僕は、とんでもないヒロインを攻略してしまったらしい──。

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