クオリアの夕陽

@Khinchin

クオリアの夕陽

身を切るような寒さの続く冬である。道をポケットに手を突っ込みながら歩いているとき、ふと夕陽の何とも言いようのない絶妙な紫色が端に映る。時間は四時半を回った頃であって、こんな時間に夕陽を見たことなどなかったのだ、せっかくならば夕陽がこの時間帯にどのように見えるのかを観察しようと考えて立ち止まる。


途端に心に新たな遭遇と知見が広がった。夕陽だと思っていたものは実は夕陽の一部には過ぎず、全体を捉えられていなかった。夕陽を穴が開くほど見つめたことがなかったので、細部に気付かされた。

冬のぽっかりとした整然として端正な青空と、夕陽の日照による赤紫が互いに解け合って微妙なグラデーションを生み出していたのだ。赤とオレンジだけであると思っていた夕日の風景であるが、実は青と混ざり合うことで、絶妙に緑色が生まれているのである。

もちろん、橙、黄などのグラデーションも存在していた。しかし、最も心惹かれたのは見えるか見えないか、気のせいか気のせいでないかの境目に立つ翡翠の放つ緑色だった。

いや、存在しているのかしないのかはこの際どちらでも良いのかも知らない。ただ、夕陽というものが、想像するような二色の単調なものではなく、無限の広がりを見せる奥深い風景であるということが確認できればよかった。


この発見を誰かに伝えたいような気がした。この未知の美しさの発見を共有したかった。だが、この鮮明な感覚はクオリアであって、他者に伝えられるものではない。心が共有できないことがこれほどまでに悔しく思われたのはいつぶりだろうか。


写真を撮ろうとしたが、写真で残したとしてもこの感動を味わうことはできないだろうと思って、やめた。それから、今日の発見について少し頭の容量を空けておくのだ。


未知なるものは当たり前を観察することで生まれるのだ。この世に未知があることがどれだけ嬉しかったか、このクオリアは誰にも知られないままだ。


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