第6話 俺が保証する
「ソックス、ソックスは要りませんか。暖かい脱ぎたてのソックスは要りませんか(裏声)」
――ブリリアント学園、中庭。
そこでは種々様々な花が爛漫に咲き誇っており、ブリリアントの名に相応しき花園が広がっていた。
東西南北を四つの校舎に挟まれた中庭は、そもそもの規模があまりにも大きいことから窮屈さを感じさせない。広々とした空間で育つ色とりどりの花たちは学園名物の一つだった。
しかし、そこに新たな名物が生まれようとしていた。
「ホッカホカのソックスは(裏声)――」
「真黒くん、何してるの」
寮生活の準備を終えた後はとくにやることもないので、学園内でも見学しようと散歩をしていた
「見ての通りブルセラだよ。ああ、安心してくれ。これは学園推奨の白靴下だから、例え履いても校則違反にはならんよ」
「僕が知りたいのはそっちじゃないよ。この看板はなんなのさ」
『あの生徒会長の脱ぎたてほかほかソックス 今なら一足五〇〇円!(税込み)』
「一体どういう需要に応えた商売なんだよ……」
「心外だぞ御伽。君はこの売れ行きを見ても同じことが言えるのか?」
そう言って、真黒はパンパンに膨れた小銭入れを掲げた。
見たところ既に四十足は売れているだろうか。そういえば、さっきから生徒たちが(人目を気にしながらも)まばらに真黒のもとへ訪れては足早に去っている。見ると、生徒たちの手には必ずソックスがあった。
「で……これに書いてあることは本当なの」
「なんだ、君も欲しいのか? まだ二六〇足もあるから心配するな。それに今ならルームメイト割引で半額にしてやっても――」
「いらない! 僕が言いたいのは、あの獅子羽生徒会長のソックスだなんてまるきり嘘だろってことだ! 君がやってることは明らかに詐欺じゃないか!」
「ふうむ。確かにこれは獅子羽生徒会長のものではない。ぶっちゃけると、俺が一度履いてから脱いだものだ」
なんて奴だ! 両津勘吉だってこんな気持ちの悪い詐欺はしないぞ。
御伽はただただ圧倒された。
「だが、俺の真の目的は他にある。生徒会長の生ソックス売りもあくまで手段に過ぎないのだよ」
「はあ……!?」
生ソックス売り、などという不愉快な業態に腹を立てながらも、御伽は彼の言っていることはあながち嘘ではなさそうだと察する。
であれば、彼は一体なんのために大衆の面前でこんなことを。
「っていうか、マズイよ真黒くん! こんな目立つところで馬鹿みたいなことしてたら、あの人たちが来ちゃう!」
「なんだと?」
しかし、御伽が慌てるも時既に遅く、その人影は現れた。
キィィィィン――
長く、伸びやかな音が中庭を覆った。聞く者から戦意を奪うモスキートじみた高音は、しばらく二人の耳に残響となって響き続ける。
三宝界御伽はこの警笛の意味を知っていた。
――何者かが呟く。
「ブリリアント学園における学内規則……
二十四、学園内で許可なく商行為をしてはならない。これに違反す。
二十五、学園内で許可なく金銭の授受を行ってはならない。これに違反す。
二十七、学園内で詐欺行為を働いてはならない。これに違反す。
四十一、個人の尊厳を侵害してはならない。これに違反す。
四十九、青少年の健全な教育に反する嗜好を広めてはならない。これに違反す。
六十六、中庭の風紀を乱してはならない。これに違反す」
甲高い残響の中で、その声は厳粛にブリリアント学園の校則を読み上げていた。まるで犬上真黒の罪状を確かめるように。
音の正体を探り、二人は校舎の屋上を見上げる。
そこに居たのは音の発生源らしき笛を口にくわえ、左腕には白い腕章を誇らしげに携えた、真黒よりも丁寧で神経質に切り揃えられたおかっぱ頭の美少年――御伽の予感は的中してしまった。
「風紀委員副委員長、二年の
「ま、ま、まマズイマズイマズイマズイ終わった終わった終わった終わった!」
御伽はあからさまに動転した。どうしてもっと早く気付けなかったのだろう。ブリリアント学園に生徒会に次いで強大な風紀・治安維持の権利を持つ組織があるということは、学園の外でも噂に上がるほど有名な話だったのに。
周囲には野次馬の美少年生徒が集まり、気の毒そうに御伽たちを見ていた。
それこそが風紀委員会。泣く子も正し、一切合切を美しく矯正することにおいて他の追随を許さない。
その中でも、あの駒込包は別格だった。彼の指導を受けたものは人格が変化してしまうとまで言われるほど、容赦なく徹底的で暴力的で絶望的な人間なのだという。これもまた、学外まで轟くほどの有名な話である。
「真黒くん、目的とかなんとか言ってたけど、要は事情があるんでしょ!? 獅子羽会長の生ソックス売りとかいう奇行にどこまで言い訳ができるか分からないけど、とにかく事情を説明しよう! そして僕の無実だけは確実に証明して!!」
「君、何気に薄情なことを言うんだな」
小声で囁く御伽だったが、表情は必死そのものだった。
噂では、彼に矯正された美少年は皆『正しさ』の奴隷となるのだという。翌日にはおかっぱ頭にヘアチェンジして背筋が異様に真っ直ぐになり、その翌日には風紀委員会への参加を請い願って駒込に付き従うとか。
その矯正内容は誰も知らない。しかし、噂の限りおよそ道徳的ではないことは察せられる。それだけに、御伽は決して風紀委員会の、それも駒込のお世話にだけは絶対になりたくなかったのだ。
第一、おかっぱ頭なんて似合わない!
「十八、美少年同士で不純同性交遊をしてはならない。――お前たち、やけに距離が近いなァ!?」
「そんな!? 僕はただの通りすがりです!」
すとんっ。駒込が屋上から飛び降り、軽やかに着地する。その一連の所作が、彼が並の美少年ではないことを物語っていた。
「三宝界御伽。犬上真黒と同じ寮の部屋に住み、昨日の入学式では真黒に不慮の事故を助けられたそうだ」
「そ、それがなんだっていうんですか……」
「恋をするには十分すぎる」
「はあっ!?」
パァンッ
唐突に発生した、乾いた破裂音。御伽は思わず肩をすくませて真黒の腕にしがみつく。
音の正体はムチだった。硬質の、荒々しい棘をまとわせた鋼鉄製のソレは駒込の手により自在に操られ、御伽の足元の地面を抉った。
「悪しきも、歪みも、由々しきも、弱きも、全て正さねばならない! 男同士などもっての外だ、論外だ!」
「なるほど。生徒会ばかりが俺の障害だと思っていたが、これは看過できそうにない」
真黒は腕にしがみつく御伽を見やり、告げた。
「そう恐れるな御伽。君に正すべきところは何もない。故、君があの駒込という男に正されることもない」
「ど、どういうこと……?」
「君の美しさは俺が保証する」
瞬間、犬上真黒の左手に一本の刀が現れる。行儀よく鞘に収まったそれは、昨日の戦いで使ったあの黒い日本刀だ。
「まさか、戦うつもりなの!?」
「それ以外に何ができる。君は刀を持って話し合いをするのか?」
「それはまずいよ! 今朝みたいな
にぃ、と真黒は口の端を吊り上げた。
「そうだとも。これは一般生徒によるまっとうな異議申し立てである! 風紀委員副委員長、駒込包殿よ。お前が先ほど述べた罪状が如き校則の数々、そのどれも実のところ、俺の行いを咎めるものではない」
「なんだと?」
真黒は鞘に収まったままの刀を向けて、啖呵を切った。
「つまるところお前の執行する風紀・治安維持は的外れということだよ。俺は何もしていないし、何も悪くない」
そんな馬鹿な、と駒込はやはり呆れた表情を隠せないまま怒る。
「……お前、まさか筋金入りのバカなのか? どう見たってアレは校則違反だろうが!」
「ならば言わせてもらおう。あれは商行為ではなく物々交換だ。交換したのも金銭ではなく金銭に似た物体だ。詐欺行為か否かは悪魔の証明だ。尊厳の侵害は定義が難しく違反とは言い難い。不健全な嗜好を広めるだなんて、購入した者は皆生来のソックス好きなだけで俺の罪じゃない。中庭の風紀? 元から乱れていたよそんなもの」
……それは流石に無理があるよ真黒くん。
大言壮語を吐いて厭わない真黒に、御伽はひたすら呆れるばかりだった。心なしか、駒込包も怒りを通り越して真顔になっている。
しかし、その自信満々な真黒の姿に、安堵に似た心地を覚えていたのもまた確かだ。
もしかしたら、それでも彼ならやってのけるのかもしれない。この大局を切り抜ける奇行、もとい奇策を。
「それで言い逃れできるつもりか……ムチ打ち、裸吊り、思考矯正では済まないぞお前ら」
「ふむ……俺は俺が無実だと信じて疑わないが、対する駒込殿はあくまで俺が校則違反者だと言い張る訳だな」
「さっきからそう言っているだろう、大人しく罪を認めろ!」
「なるほど。それではつまり――」
犬上真黒はまた笑った。
「対立する二人の美少年。互いの意見が
「はっ……!」
御伽は悟った。彼はヤる気だ。ここで、再び、あの戦いを!
「駒込包殿、俺の違反行為の疑義をかけて――グロッサムを申し込むッ!」
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