第5話 夢の寮生活

 扉を開けた先で、三宝界御伽さんぼうかいおとぎは思わず立ち尽くした。

 目も眩む鮮やかなピンクの壁紙。妖艶な間接照明に、立ち込める煽情的なアロマ。部屋の大部分は二人分の寝具を横付けして作られたキングベッドもどきに占領されていて、その周囲には仰々しい真っ白な天蓋がかけられていた。

 。御伽がそう理解するまで、頭上のミラーボールは六度回転していた。


「遅いぞ、三宝界御伽」

「な、何してるの……くん」

 御伽が唖然とするうちに天蓋のカーテンをスライドして現れたのは、入学初日で生徒たちの噂の的となったかの不良美少年――優雅にベッドの上でくつろぐ犬上真黒だった。

 最悪だ、掛け値なしに最悪だ。

 よりにもよってあの男が、まさか自分と同じ部屋だなんて! しかも、部屋がラブホになってるし。

 一度は部屋を出て表札を確認してみたものの、そこには無情にも、やはり犬上真黒と三宝会御伽の名前があった。


「なにをしてると言われても、ここは君と俺の部屋だろう。俺たちは一年間この空間で愛情ゆうじょうを育むのだから、それに相応しい『しつらえ』も必要だと思ってな。全て手製だ」

「全く解せない理屈だよ……あと、ルビで誤魔化しても騙されないからね」


 一年間――つまりブリリアント学園の寮生活では、年度の切り替えごとに部屋の総とっかえが起こる。

 その前提では、真黒の友情を育むという言葉も大袈裟ながらあながち間違いではない。異能力を持った思春期の子供が、同じ部屋で一年間を過ごすのだ。いじめや衝突、僅かな美の違いが差別を生みかねないために、積極的に等しい友情関係を築かねば、誤解や悩みを抱えたまま部屋替えが起こる。溝というものはたちまち深くなってしまうだろう。

 それを抜きにしても世間から恐れられる美少年。同じ境遇を持つ者とて、必ずしも同じ感覚を持つ者とは限らない。


 犬上真黒もその例に漏れなかった。彼は美少年でありながら美少年を愛でたがるド級の変態なのだ。三宝界御伽は彼のことを心の底からキモがりながらも、同時に仲良くしなければいけないという葛藤に直面していた。

 何せ彼は校則ルールに則ったとは言え、あの生徒会長に刃を向けた危険人物である。どうあっても警戒せざるを得ない。


「ええと――僕は三宝界御伽。覚えてるか分からないけど、昨日の入学式で一度顔を合わせたあの御伽だよ。一応、よろしく――」

「無論覚えているとも。こんな可愛い顔をあんな至近距離で見せられてはな」

 ずいっ、と真黒が迫る。

 美の模範例のような顔つきが、真っ黒で底の見えない瞳が、御伽に急接近した。

 やめてくれ、心臓が止まる! それも可愛い顔だなんて、君がそんなことを言うなんて。赤らめた頬を隠す暇もなく、御伽は「ひうっ」と情けない声を漏らす。


「俺は犬上真黒だ。十二歳、新一年生、菊ノ門小学校出身、刀使い、大の少年好き、大の美しいもの好き、前戯は十五分、好みは短髪で緑色の――」

「それ以上言うと怒るからね!」

 前戯の時間が昨日より短くなっているのには触れなかった。

 これはもはや友情を育むというものではない。純粋に下心をもってセクハラをしにきている。御伽は流される前に自ら口を切った。


「と、とにかく……さっさとこのラブホみたいな部屋を片付けてよ! あとこれ以上セクハラしたら、先生に告げ口するから!」

「ふむ? ラブホみたいな、という形容にはいささか疑問だな。それではまるで君が本物のラブホテルを見たことがあるかのような口ぶりでは――」

「ああ、うるさいうるさい!」


 部屋を飛び出すようにしてその場から立ち去った。

 美少年というのは多かれ少なかれ、特別な環境下で生まれ育ち、その性格を歪ませてしまうものだ。しかしあの犬上真黒に限ってはやはり解せない。一体どんな過去があって、生徒会長の座を欲する野心を得ながらにしてあそこまでの変態的行為を頻発させているのか。


 三宝界御伽はその目を以ってしても見抜けなかった。彼に関して分かることと言えば、菊ノ門小から来た美少年で、刀使いで、美少年好きで、美しいもの好きで。

 ――そういえば、入学式のあの時。彼の白い肌の下に、継ぎ接ぎの筋肉を見たのだ。異常な再生能力で隠されてしまったが、あれは一体何を意味するのだろうか。

 御伽はふいに、生徒会長の言葉を思い出した。


『この学園にが紛れ込んでいる』

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