第4話 信じてくれたっていいんだよ
生徒会執行部の部屋はブリリアント学園の時計台の直下にある。午後三時の
「あの、生徒会長が僕に何の用でしょうか……」
謎の黒き美少年VS生徒会長の戦いの後――
決闘の興奮冷めやらぬ美少年たちを獅子羽が優しく治めながら、入学式はつつがなく進行した。教師や生徒会などの委員組織は当然、まるで何事も無かったかのように振舞った。
しかし、それでも式の最後に生徒たちが噂したのは、あの犬上真黒のその後についてだ。
異例の入学式から丸一日。始業日までに寮生活の準備を済ませる必要があった
そこをふと生徒会の一人に呼び止められ、訳も分からぬまま連れていかれ、挙句あの生徒会長と一対一で膝を向かい合わせる――という成り行きにより今に至る。
まるで解せない。まるで覚えがない。御伽は困惑の末ひたすら肩身を狭めた。
「緑髪の美少年、なんでもかんでも平均以下の異能力者、三宝貿易の御曹司、その名を三宝界御伽――」
生徒会会長、獅子羽蓮太郎は先程までとは打って変わり、軽薄な口調で告げた。
その中でも注がれる視線、振りまかれる美、のしかかる重圧。
緊張のあまり嘔吐しそうだ。しかし、彼の前では死んでもそんなことはできない。
「あの時、オレの攻撃を避ければ良かったものを、ヤツはわざわざ射線上にいるキミを守るため、飛び出した。これってさぁ――」
ごくり、と固唾を飲む。
「実は彼の仲間とか?」
「ちっ!? ちちち、違いますっ!」
弾むように否定する。そんな事実、あってはならない。こと自分においては、生徒会にとっての不穏分子になどなってはいけないのだ。御伽はぷるぷると何度も顔を振って否定した。
「ははっ、結構結構! 万が一にも不安要素を消しておきたかったんだ。キミがオレたちの敵じゃなくて良かった――」
獅子羽蓮太郎の、見るも美しい双眸が御伽を見た。
「ところでキミさ、生徒会に興味ない?」
「はっ!?」
唐突の申し出に、御伽は目を見開く。
「残念ながら生徒会役員の席は事実上既に埋まってるから、キミは庶務の庶務……ようはお手伝いさんってことになるけど。それでも悪い話じゃないだろ?」
ブリリアント学園における生徒会。それは超常的な身体能力、異能力者を束ねる最上位の組織であり、在籍する者はなんであれ、皆すべからく素晴らしい美少年でなくてはならない。言い換えれば、どんなに末端であれど生徒会の一員というだけで莫大な箔がつくのだ。在学中は勿論のこと、卒業後の進路にだってきっと強力な影響を与えるだろう。
「執行部の仲間に頼んでもいいんだけど、なにぶん表立って出来ない仕事だからさ。頼まれてくれるかな」
なんとか詰まりかけた言葉を吐き出すように、御伽は上目で尋ねる。
「げ……解せませんよ。何ゆえに、僕なんかが、僕みたいなのが生徒会の手伝いなんて」
「キミみたいなのが、だからだよ」
彼の手には『三宝会御伽』の名が入った入学書類があった。
「手配はこちらがする。お膳立ても欠かさない。ただキミはこちらの言った通りのことをしてくれればいい。そういうの得意だろ?」
獅子羽は澄ました顔で笑う。その純真無垢な笑みは、彼の言葉の攻撃性を曇らせる。
御伽の目はじいっと彼を見ていたが、やはりその深慮に迫ることはできなかった。一体何を考えて、一体どんなことをさせるつもりなのか。今この場で信じられるのは嫌な予感だけだ。
「で、でもこれ以上あなた方にお世話になる訳には――」
「ああ! それとも、キミにはこう言ったほうが良いのかな」
彼はおもむろに立ち上がった。
「我ら生徒会はキミの身体情報、思想、素性、性格、好み、家族構成、試験の点数、体毛の本数、小学校時代のあだ名、当時の評判、振る舞い、父の不祥事とその理由、母の不在とその理由、本学への入学方法、その他後ろめたい数々のこと、それら全て何もかもを把握している」
「なっ……!」
冷ややかな、侮蔑にも似た目が御伽を貫く。
「
怖気が全身を巡る。恐怖で口元が歪む。彼は全校生徒の前に立つ時とまるで変わらぬ調子で、かくも恐ろしいことを言ってのけたのだ。
「ほ、本気で言ってるんですか! こんなの脅しですよ!」
「まさか、ウソウソ! こんなこと本当にできる訳ないだろ。第一オレの『美学』に反する。でも――」
獅子羽は無邪気に笑った。
「信じてくれたっていいんだよ。それでキミが受けてくれるのなら、なんだって本当にやってあげるんだから」
これが脅迫の直後でなければ恋に落ちていたかもしれない。生徒会長獅子羽は御伽の想像以上に否応ない男だった。
御伽の汗ばんだ手が握りこぶしを作る。
こんなの、ありえるかよ。これはれっきとしてはっきりとした脅しだぞ! よりにもよって生徒会が、その執行部の長が、こんなにも堂々と脅迫をしかけてくるなんて!
とことん解せない。そもそも、僕がこのことを告発してしまえば、不利になるのは彼らなのに――
しかし、御伽は肩を落として息を吐いた。それであってもやはり、自分は生徒会の敵になってはならないのだ。
彼の無抵抗を察すると、獅子羽は優しく笑った。
「いいね。キミなら断る訳ないと思ってたよ。なにせキミのところは――」
「もういいじゃないですか僕の話は。それで、一体何をさせようって言うんですか」
生徒会長の言葉を遮る。一介の美少年にしておこがましい行いを、御伽はそれでも恥じなかった。
「よろしい。それじゃあ本題の前に、まずはこの話をしようか」
『この学園に美少年でない生徒が紛れ込んでいる』
「はあ、散々だよぉ……入学初日でグロッサムに巻き込まれて、二日目にはあの生徒会長に脅迫されて……」
悩みとしてはあまりに大きすぎるものを抱え、御伽は学園の廊下を歩く。その足はブリリアント学園の西側に位置する学生寮――自身の部屋を向いていた。
全国から美少年が集う華やかなる中等教育機関、ブリリアント学園。
超常的な身体能力、類稀なる異能力を持つ彼らは、そのほとんどが学園での寮生活を送る。
その理由は様々だが、多くは美貌と異能ゆえに一般人から恐れられ、愛され、そして忌避されているが故だった。
この学園は彼らという脅威を抑え込み、教育し、正しく導くために存在するが、その意味で言えばつまり、こうとも表現できる。
ブリリアント学園とは、美少年を縛るための『檻』なのだと。
歩きながら、三宝界御伽は思案する。
ルームメイトは一体誰なんだろうか。気の良い人だろうか。友達になれるだろうか。
美少年であることは間違いないとして、どれだけ美しい子がくるのか楽しみだ。出来れば悩みの種をいつでも分かち合える、優しい子が良いな。とはいっても、生徒会に脅されているなんて口が裂けても言えないのだけれど。
様々な思いを巡らせながら、御伽は自分がこれから過ごすB棟四階の十二号室――学生寮の最上階角部屋に辿り着き、そのドアノブを捻る。そして扉の向こうに待ち構える美少年の姿を期待した。
扉横に飾られた、同居人の名札にも気付かないまま――
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