第3話 決闘―グロッサム―
どぉんっ
純然たる美しさで満たされていた体育館内の空気を、一つの轟音が切り裂く。
「なんの音だ!?」
「誰だ、あの子!」
「おい、あれって……!」
生徒たちが振り向いた先で見たのは、吹き飛ばされて歪に折れ曲がった体育館の鉄扉。そしてその戸口で逆光を受けて佇む一人のシルエット――子供の姿だ。
光の中の影が館内に歩み出し、ワックスをかけたばかりの床を甲高く鳴らす。
突然のことに騒然としていた美少年生徒たちも、教員たちも、徐々に露わになっていくその姿を見て思わず口を噤んだ。
濡れ羽色の黒髪、漆黒の
彼の姿を目の当たりにした全ての者が、脳内で様々な形容を試みる。
だが結局のところ、行きつく言葉はただ一つのみ――彼はひたすらに『美しかった』。
皆が口を開け、彼方から歩み寄る黒髪の美少年に見とれた。その登場を黙して見つめていたのは生徒会を始めとする一部の生徒だけだった。
「キミ、何者だい」
生徒会長、獅子羽蓮太郎が静寂を切り返す。
黒髪の彼もまた、躊躇なく言葉を返した。
「十二歳、新一年生、菊ノ門小学校出身、刀使い、大の少年好き、大の美しいもの好き、前戯は大体三十分、好みは短髪天然パーマの緑髪、アソコの長さは――」
「質問が悪かったかな。オレは名前を聞いているんだけど」
すぅ、と彼は小さく息を飲む。
「……犬上真黒」
犬上
遠目から見ても彼の美しさに疑いはない。その立ち姿に欠点はない。誰がどう見たって美少年。これまでにないほどに美少年。なのに、三宝界御伽は彼のことを視界から外せなかった。
美しさ故にではなく、疑わしさ故に。
「大遅刻だよ犬上真黒くん。早く列に加わって、他の子たちと共に座りたまえ」
生徒会長は依然、ただ景色を眺めるのと何ら変わらない、分け隔てのない眼差しを犬上真黒に向ける。
しかし、真黒はそうもいかなかった。
「美しいな、お前は」
「……なに?」
「その目つき、振る舞い、言葉の端々まで。これほどの美少年には全く出会ったことがない。隅から隅まで、お前は美しい」
「そりゃあ、どうも」
「……激しくムラムラする」
ずあっ――と鈍い金属音が鳴り響く。
発言のあまりの異様さに皆が耳を疑い、眼をしばたたかせていた一瞬のことである。彼の左手には刀の鞘が握られていた。
そこに獲物はない。既に抜刀は済んでいる。
いつの間にか黒曜石の如き真っ黒な刀が、犬上真黒の右手に握られていた。
「生徒会長、獅子羽蓮太郎! お前のケツで温まったその椅子、俺に寄越せ!」
なんて気持ちの悪い言い方。だがその言葉が真意であり本意であることは、彼の気迫が物語っている。この男、マジでヤる気なんだ。御伽は思わず喉を鳴らす。
「……して、どうするつもりだい? これじゃあキミはただの変質者だけど」
「美しき二人が相対した。ならばやることは決まっている」
真っ黒な刀身を獅子羽に向けて、真黒は大見得を切った。
「グロッサムを申し込むッ!」
――グロッサム
それはブリリアント学園の伝統的ルールであり、唯一絶対の法則。
美少年同士の
かくして雌雄を決したのち、最後に立っていた者はより優れた美少年として、戦いにかけた望みを叶えることができるのだ。
「――丁度いい。これからグロッサムについて説明するところだったんだ。生徒たちには実演を以って伝えるとしよう」
「見れるのか!? 生徒会長の『美学』!」
「どけ、立つなよ! 見れねえだろ!」
「くそっ、あの間に挟まりてえ!!」
観衆となった美少年たちが
「獲物はどうした? 丸腰の子供をいたぶる趣味は……ないと言えばウソになるが」
「ふふっ。美少年同士、武器の一本や二本で勝敗が決まるものかい?」
しかしそれでも素手対刀。有利不利は誰の目をもっても明白だった。
「遠慮はいらないよ、全力できたまえ」
「その齢にしてその大器……ますますうずくぞ、獅子羽蓮太郎!」
両雄がぶつかり合う。
かくして、最初に踏み込んだのは黒い美少年、犬上真黒だった。
真黒の刀剣は風よりも早く獅子羽蓮太郎の喉元に迫り、一切の躊躇もなくその細い首を切り裂こうとした。
またもや誰の目をもってしても、その迅速な一太刀に勝利する可能性は万に一つもあり得なかった――だがそれも、ただの美少年ならばの話である。
結果的にそうはならなかった。
何故そうならなかったのか。この時、その場にいた観客の誰もがその現象のからくりを解き明かすことは出来なかったが、しかし唯一、三宝界御伽の目だけは真実を捉えて離さなかった。
――『折れろ』
御伽が見る限り、獅子羽蓮太郎が何かを言い放った後、犬上真黒の刀剣は折れてしまった。
字義の通りに折れた刀剣は柄もろとも粉々に消えてなくなり、犬上真黒もまたそれに追従するように膝をついた。
次に生徒会長は右手を白く輝かせ、真黒の顔に狙いをつける。それが美少年特有の高エネルギーを用いた射出系の攻撃であると察した真黒は、咄嗟に彼の手を払って避けざるを得なかった。
しかしその拍子、エネルギー弾が観客であるはずの御伽に向けられる。
目も眩むような閃光、当たればタダでは済まないだろう。真黒の観察に夢中で咄嗟に反応できなかった御伽は、ただ光弾の先で立ち尽くしていた。
「しまっ――」
振り向く犬上真黒。彼の凛とした顔つきはわずかに崩れ、焦りの表情を御伽に見せる。
だが何よりも御伽が釘付けにされたのは、そんな真黒の更に奥――
「けほっ……な、なにが起きて……?」
へたり込む御伽。気が付くと、彼の柔らかな膝を枕にするようにして、黒髪の美少年が眼下に倒れていた。
彼の頬は激しい爆発にでも巻き込まれたかのようにすすけて、髪は乱れて、御伽を見上げる瞳は儚く弱々しい。しかしどれだけ汚れようとも揺るがない美が、目の前にあった。
御伽は思わず頬を赤らめる。
「俺は……負けた、のか」
朦朧としながらも悟る。御伽は黙って顔を赤くして見つめるだけで、何も言ってやれなかった。
沈黙を破ったのは真黒だった。
「……怪我は無いか」
「へっ!? それは、一応、はい……なのかな?」
そいつは、よかった。
真黒は声にもならない声でそう呟くと、糸が切れたように眠った。
一体何が起きたのか。事態を把握できないまま、倒れ込んだ黒髪の美少年を見やる。膝からこぼれ落ちてうつむけの彼は痛々しい背後の傷を見せた。そして――
「救急班、至急彼を保健室へ」
獅子羽が告げると、陰で備えていた救急班がタンカを持って飛び出す。流れるように、鮮やかに、倒れる犬上を乗せて連れ去っていく。
御伽は忘れることができなかった。彼の背中の、ズタズタに焼け焦げた赤黒い大きな傷――急速に再生されていく真っ白な皮膚の下に隠れた、継ぎ接ぎの筋肉を。
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