第2話 ようこそビブリアント学園へ

 ブリリアント学園、校歌斉唱。


 萌える山の豊かさに やまとおのこの太ももよ

 あれが真の雄々しさと 引き締まった尻を見て

 ああ ビブリアン 男の花園

 ブリリアント学園


 張った胸の逞しさ 青さ際立つ幼さよ

 細かな肌の美しさ うなじに宿ったその色気

 ああ トレビアン 男の魅惑よ

 ブリリアント学園


 色を知らぬあどけなさ 情を知らぬその清さ

 三者三様美少年 脱がせてみせよう おのずから

 ああ サクリファイス 性的搾取の

 ブリリアント学園




 全国から約三百人の『美少年』たちが集う中等教育学校、ブリリアント学園。

 通学路で咲き誇る満開の桜が、鮮烈なスカーレットピンクのカーペットとなって、彼らを入学式の会場へと誘う。

 ぼさついた緑髪の美少年、三宝界御伽さんぼうかいおとぎもまたその集団に交じって、ブリリアント学園を目指していた。

 交通規制の警察官と自衛官、美少年を一目見ようと集まった野次馬、それらを一瞥する生徒たち。入学式はその街にとってちょっとしたイベントだ。


 学園の門をくぐり、教員や重装備の大人が体育館内へ案内する。

 生徒たちがひしめいて整列する館内。その上方を見上げると学園の校章――蓮の花とその中に施された原初の美少年『ナルキッソス』の意匠――が誇り高く掲げられていた。

 御伽の中で実感が込み上げる。

 ――自分はついに、あのブリリアント学園に入学したのだと。




 学園長室での静かな時間を思い出す。ブリリアント学園への入学を決めるための一対一の面接。つまりこの機を逸すれば三宝界御伽に明日は無い。進退をきわめた重大な時間。


「百メートル走十一秒二八、握力九十六・六、シャトル二百十四回……どれも平均以下か」

「はい……」

 豪華絢爛な赤毛の絨毯に、遮光性の高い重々しくきらびやかな緑と金のカーテン。家具の一つ一つをとっても、学園長室は『ブリリアント』の名に恥じない。また壁面に飾られた絵画には――どれも半裸の少年が描かれていた。

 学園長、亜門古人あもんふるひとは厳粛に、しかし優雅に尋ねてみせた。


「この学園の本義を知っているかい」

「は、はいっ。『健全な美少年の育成と、その異能力の理性的な行使を以って公共の福祉に貢献すること』……です!」

 用意してきた言葉をはきはきと述べる。対策は完璧だった。


「素晴らしい。ではとは何か?」

「え?」

 言葉に詰まる。それはつまり、自分たちとは何か、ということだ。


「美少年とは、単なる異能の徒ではない。ただの美しい少年でもない」

 亜門古人は答えを待たずに続けた。

「チンギス=ハーン、アウグストゥス、アルキビアデス、アレクサンドロス、蘭陵王、ボードゥアン、その他数百を超える数々の英雄たち――歴史上に存在したあらゆる偉人は、どれも美少年ばかりだった。彼らは常にその美しさと超常の力で人々の羨望を束ね、国を治め、世界を征さんとした」


 学園長の言葉の一つ一つは御伽にとって難解だったが、それでも聞き逃すまいと耳を傾ける。


「君たちは実に美しく、特別で、そしてを持っている。それは思春期のこの時期に最も活性化し、そして大人になる頃には殆どの力を失ってしまう。一人の例外もなく、ね」

 こくり、と御伽は頷く。それは世間一般で聞く美少年の正しき評価だった。


「そのことに焦り、若いうちに力に溺れた哀れな美少年を私は何人も知っているのだよ。だから君たちが卒業するまでの三年間のうちに、君たちには己を御する気高い心を持った、立派な人間に育ってほしいと思っている」

 男はひとしきり言い終わると、立ち上がって御伽の傍に歩み寄る。


「ああ、ところで君のお父上は貿易会社の社長だったね。それなのに何故、このような形で入学を?」

「そ、それは……」

 御伽は思わず口ごもる。とても人に言えたことではなかった。父がどんな状態にあるのか、何故こんな方法を使ったのかなんて。


「いや、すまない。聞きづらいことを聞いてしまったね。――だがどのような形であれ、私は平等に接しよう。君にもこの学園での生活を通して、真の美少年に必要なものとは何かを理解してほしいと思っている」

「そ、それって……つまり!」

 爽やかな笑みが男の整った口髭を曲げる。見上げた御伽を優しく見つめて、男は簡潔に告げた。

「ようこそ、ブリリアント学園へ」




 かくして御伽は美少年の集う中学校、ブリリアント学園に入学した。

 実のところそれは、口にするのも憚られる方法ではあるのだが、それでも平穏を得るためには仕方のないことだった。これで家族が幸せになるのなら――


「二年、生徒会会長、獅子羽蓮太郎くんの演説です」

 それまでも静かだった館内が、一段と静けさを誇る。それは壇上に立った金髪の美少年、今期生徒会長の獅子羽蓮太郎の風格によるものだった。御伽は思い耽るうちに入学式のプログラムが中盤に差し掛かっていたことを知る。


「――まずは入学おめでとう、諸君」

「うおっ……」

「すっげぇ……!」


 壇上の彼が微笑むと、体育館内の美少年一年生が一斉にどよめいた。

 小さく高く整った鼻、力強い瞳は長いまつ毛を携える。頬の輪郭などは限りなく美の極致に近く、それにより繰り出される微笑はルネサンス期に描かれる名画さながらだ。これが生徒会長、獅子羽蓮太郎か――

 曰く、その美少年は学園入学からたった数日で、その美貌とカリスマによってブリリアント学園の生徒会長に成り上がったという。学園史上類を見ない速度で頂点を掴みとったその雄姿から、ついたあだ名は『最速の美少年』。

 何から何まで格が違う。御伽は彼の微笑みに胸をどぎまぎさせながらも、その非現実的なまでの栄華にただただ妬みを抱いた。

 どよめきが徐々に去った頃、獅子羽が口を開く。


「ブリリアント学園は、かつて東京都千代田区に校舎を構えていた由緒ある学園だ。しかし東京全域で起きた美少年暴走事件をきっかけに、ここ兵庫県神戸市に拠点を移したことは、皆も小学校の歴史で学んだことだろう」


 それはおよそ四十年前のこと。美少年が原因不明の興奮状態に陥った大事件――東京は核爆弾でも撃たれたかのような深刻な壊滅状態に陥り、大きくえぐれた地盤を修復するため今もなお国力が注がれているという。


「オレたちの力はそれだけ強大で、恐ろしく、そして美しい。きっと多くの者がこの学園で寮生活をして過ごすだろう。若く多感な時期ではあるが、決して力の使い方を誤らぬよう、美しく、優雅に振舞ってくれたまえ」


 自分と殆ど変わらない歳で、なんて立派な人間なのだろうか。微笑み一つで美少年を虜にする美少年の中の美少年。羨望と願望と欲望をほしいままに束ねる彼のような人間が、歴史に名を残すのだろうか。

 劣等感がじくじくと芽生える。三宝界御伽は小さくため息を漏らした。


「ここでも同じなのかな……」

 だが、その時だった。

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