第9話「滅びの前奏曲」


ピアノの前に座る奏多(そうた)は、譜面に記された最後の音を目の前にしながらも、胸の奥に得体の知れない不安を抱えていた。その音を奏でれば、すべてが終わるのか、それとも新たな始まりが訪れるのか。その答えは分からない。


「これが本当に正しい選択なのか...。」


彼が呟いた瞬間、部屋全体が揺れ始めた。光と影が交錯し、彼は再び時間の狭間に引き込まれていく感覚に襲われた。


目を開けると、そこには荒廃した未来の都市が広がっていた。かつての繁栄を象徴していたはずのビルは崩れ、地面には無数の瓦礫が転がっている。空は不気味なほど暗く、人々の姿は見当たらなかった。


「ここは...未来の行き着く先?」


奏多は足元を見下ろした。そこには砕けたピアノが転がっていた。鍵盤は失われ、音を奏でることはできない。その姿に胸が締め付けられるような痛みを感じた。


「音楽が...失われた世界。」


彼は呆然とその場に立ち尽くしていたが、背後から誰かの気配を感じた。振り返ると、そこには彩音が立っていた。しかし、彼女の姿はこれまでとは違っていた。目には疲労の色が浮かび、その表情には深い悲しみが宿っていた。


「奏多、この未来が訪れるのを止めるには、あなたの音が必要なの。」


彩音は静かにそう告げた。その声は震えており、彼女自身がこの未来に絶望していることが伝わってきた。


「でも、どうして?俺の音楽が世界を変えるなんて、本当にできるのか?」


奏多の疑問に、彩音はそっと微笑んだ。


「音楽には人の心を繋ぐ力がある。そしてその力が、時代を超えて未来を変えるきっかけになる。あなたが最後の音を奏でることで、人々に希望を取り戻すことができる。」


彩音の言葉に、奏多は目を閉じた。これまでの旅の記憶が頭の中を駆け巡る。過去、現在、未来。それぞれの時代で出会った人々や音楽。その全てが、この瞬間に繋がっているように感じた。


「でも、その音が正しいのかどうか分からない。」


奏多がそう言うと、彩音は静かに彼の手を握った。


「奏多、あなたが信じた音が正しいの。それが音楽の本質だから。」


彼女の言葉に背中を押されるように、奏多は再び崩れたピアノに向かった。壊れた鍵盤に手を置き、頭の中で旋律を思い描いた。その瞬間、光が彼の指先から溢れ出し、壊れたピアノが再び息を吹き返した。


ピアノから響き渡る音色は、これまで聞いたことのない美しさを持っていた。その音は瓦礫に覆われた都市全体に広がり、空の暗雲を切り裂くように響いた。崩れた建物の間から人々が姿を現し、その目には希望の光が宿り始めた。


奏多はその光景を見つめながら、最後の音を奏でる準備を始めた。だが、その瞬間、彼の前にもう一人の自分が現れた。それは、若い頃の自分でもなく、未来の自分でもない。どこか曖昧でぼやけた存在だった。


「その音を奏でると、すべてが変わる。それでも進む覚悟はあるか?」


その問いに、奏多は迷いながらも頷いた。


「俺はこの音楽を完成させる。その先に何が待っていても。」


曖昧な自分が消えると同時に、彼は鍵盤に指を落とした。最後の音がホール全体を包み込み、その響きは時間と空間を超えた波紋となって広がっていった。


次に目を開けたとき、奏多は再び自分の部屋に戻っていた。だが、手元の譜面は完成しており、その全ての音が正確に記されていた。


「これが...俺の音楽。」


彼は深く息を吸い込み、次の演奏の準備を始めた。それは、すべての時代を繋ぐ音楽を奏でるための、最後の舞台への序章だった――。


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