第3話「交錯する旋律」
「次の音で...?」
奏多(そうた)は紙片に記された言葉を反芻していた。ピアノの前に戻った彼の心には、未だ夢か現実か分からない先ほどの出来事が鮮明に残っている。だが、鍵盤に触れる恐怖と同時に、その先に何があるのかを知りたいという好奇心も湧き上がっていた。
奏多は深呼吸し、鍵盤に指を置いた。最初の音を奏でた瞬間、視界が揺らぎ、再び時空の狭間に引き込まれていく感覚に襲われた。
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目を開けると、彼は見覚えのある場所に立っていた。だが、それは現代の景色ではなかった。周囲には木々が生い茂り、涼しげな風が頬を撫でる。そこは、彼が幼少期に過ごした山奥の村だった。
「なんでここに...?」
戸惑いながらも、奏多は歩き出した。記憶の中の村の光景が目の前に広がり、懐かしさが込み上げてくる。しかし、それ以上に奇妙な感覚があった。すれ違う人々の表情、耳に入る声の調子。それらは、彼が覚えている過去とは微妙に異なっていた。
彼が歩みを進めると、遠くからピアノの音が聞こえてきた。幼い頃、この村にピアノは一台しかなかった。それは、彼の初恋の相手、彩音(あやね)の家にあったものだ。
「まさか...」
奏多は音に導かれるように走り出した。音が近づくにつれ、胸の鼓動が早くなる。そしてたどり着いた先にあったのは、小さな木造の家。その窓辺から、懐かしい旋律が漏れ聞こえていた。
家の中に目をやると、一人の少女がピアノを弾いていた。その姿を見た瞬間、奏多の心が大きく揺れた。
「彩音...?」
彼女は幼い頃の彩音そのものだった。彼女が奏でる音楽は、奏多の記憶に深く刻まれているものだった。だが、その旋律の最後の部分が、記憶とは異なっていた。彼女の指が鍵盤に触れた瞬間、音が歪むような感覚がした。
「その曲...どうして?」
奏多は家の中に踏み込もうとしたが、足が止まる。恐怖とも期待ともつかない感情が彼を縛り付けていた。だが、その時、彩音がこちらを振り向いた。
「お兄さん、誰?」
幼い声が彼に問いかける。奏多は返答に詰まりながらも、静かに答えた。
「ただの通りすがりだよ。その曲、どこで覚えたの?」
彩音は首を傾げ、微笑んだ。
「分からないけど、昔からこの音が頭に浮かぶの。完成させたいんだけど、最後の部分がどうしても分からないの。」
彼女の言葉に、奏多は息を呑んだ。それは、彼が現代で感じている苦悩と同じものだった。
「その曲は...完成するよ。絶対に。」
奏多はそう呟くと、再び視界が揺らぎ始めた。そして、次に目を開けたとき、彼は再び現代のピアノの前に座っていた。
「今のは...過去の彩音だったのか?」
頭の中で渦巻く疑問とともに、彼は未完成のソナタに向き合った。鍵盤に指を置くたびに、過去の彩音の姿がよぎる。そして、彼の中に新たな疑問が生まれた。
「この曲が未来と過去を繋いでいるのか...?」
奏多は深く息を吸い込み、再び鍵盤に指を置いた。次にどの時代へと導かれるのか、その答えを求めて――。
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