ようこそ!子ぎつね亭へ 8


 ……ここで、少し昔話でもしましょうか。


 昔、昔の事であります。

 この世界には神さんが一人おられました。


 大層愛らしい神さんで、

 何よりも人間が大好きで、

 人の役に立つことが何より大好きな神さんでございました。


 神さんが微笑むと春が来ます。

 神さんが笑うと夏が来ます。

 神さんが誰かを想うと秋が来ます。

 神さんが悲しむと冬が来ます。


 彼女の周りは四季と笑顔で満ちておりました。


 そんな神さんを人間がほうっておく筈ございません。

 神さんの周りには沢山に人間が集まりました。


 人間は神さんに大きなお屋敷を立ててあげて、毎日沢山の貢物を送りました。

 その、見返りにちょっとした我儘を神さんに叶えて貰っていたのでございます。


 ある日の事です。

 一人の男が、神さんに願いました。

 肌寒い地域で生きていく彼は、寒さが辛くて「温かな春が欲しい」と願ったのです。


 神さんは自分から春をあげました。

 世界から春が消えました。


 ある日のとこです。

 一人の男が、神さんに願いました。

 海が大好きであった彼は、いつも海と共にありたくて「暑い夏が欲しい」と願ったのです。


 神さんは自分から夏をあげました。

 世界から夏が消えました。


 ある日の事です。

 一人の男が、神さんに願いました。

 彼は何時もお腹が減っていて「実りの秋が欲しい」と願ったのです。


 神さんは自分から秋をあげました。

 世界から秋が消えました。


 神さんに残ったのは冬だけ。

 白くて静かで、

 寒くて辛くて、

 何にもない終わりの季節だけ。


 人間は寒くてたまらず、何時ものように神さんに願いました。

 心地よい春が欲しい。

 暑く活力がみなぎる夏が欲しい。

 恵の秋が欲しい。


 けれども神さんには、もう何一つ残っていません。

 寒い寒い冬しか残っていません。


 だから人間たちは、


 残念がって、

 恐ろしがって、

 憎しみをもって、

 一人一人と神さんから離れていきました。


 いつしか神さんは一人ぼっちになっていました。

 だれからも愛される神さんは誰からも嫌われる存在となりました。


 もう彼女に近づく者は誰一人いません。

 悍ましがって近づこうともしません。


 神さんは泣きました。

 一人ぼっちになって泣きました。


 神さんは人間が大好きなのです。

 人間たちを苦しめて、悲しませてしまった事実に泣きました。


 だから神さんは願いました。

 自分の力に願いました。


 短い時間で良い。

 すぐにお別れが来てもいい。


 あの頃と同じように、誰かの笑顔を傍で見ていたい。


 ――そう、心から願ったのでございます。


 コレはきっと奇跡。

 だから神さんは、ここに訪れた彼らを心から精一杯に持て成すのです。


 だって神さんにとって彼らは、

 一人ぼっちの悲しさを無くしてくれる大切なお客様ですから…。


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