ようこそ!子ぎつね亭へ 5


 宿屋の悟に割り当てられた六畳の間。

 小雪は悟の前にお茶とお菓子を置きました。

 それは金平糖と茶柱が立った緑茶。


「こんなものしかないけれど、お話のお供にしてください」


 そう小さく笑って、小雪は机を挟んで悟の前に座ります。

 ニコニコ微笑みながら、


「さてさてお話は何ですか?」


 と、問いかけるのです。

 悟はそんな彼女を見て、少し悩んでから口を開きます。


 まず、この小雪について、聞かせてほしい。そう頼みました。

 小雪は少し驚き、首をかしげます。


「私の事ですか?」


 問いかけると、悟は首を縦に動かしました。


「そういわれましても……」

 最初小雪は少し戸惑います。

 おずおずと口を開いたのは数秒後。


「ええっと。改めて、私はこの宿屋の女将。小雪です」

 悟は「小雪ちゃんね」と頷きます。


「ええと。歳は……じゅ、16になります!」

 悟は少し驚きました。

 自分と同い年で、あったからです。


「得意なことはお料理とお裁縫です!」

 えへんと胸を張る小雪に悟は、はにかみました。


 ここまで胸を張って料理が得意と言う少女は初めて出会いましたから。

 少し彼女の作った食事が楽しみになりました。


 そして、少しだけ、少しだけ思い出します。

 ああ、母さんの料理もおいしかったな……なんて。


「お客様?」


 ふと、小雪が顔をのぞき込ませておりました。

 愛らしく整った顔が目に映ります。


 悟は慌てたように「なんでもない」とはにかみます。

「他には?」と問うと、小雪はうーん。と少し頭を悩ましました。


 そして、耳をぴくん。


「私は人間じゃありません!」


 またまた、えへんとドヤ顔。

「知っている」と悟は、はにかみました。


 当たり前でしょう。狐の耳と尻尾を持った人間なんていやしませんから。

 その様子はやはり愛らしい。その一言です。


 彼女に対して微笑みながら、悟は口を噤みました。

 少しだけ考えて、間を開けて、彼は次を問いかけます。


 次は、この世界について教えて欲しい――と。

 小雪は目をぱちくり。しかし、それも僅か。


 ニコリと笑うのです。

 小雪は改めてこの宿屋について話し始めました。


「この宿屋はお客様からすれば異世界です」

 それは聞いた、と悟。


「ここは、春が訪れない雪の世界でございます」

 悟は首をかしげました。春が訪れないとは?


「……そんな世界なのです。私の様なモノが存在するだけで、特別特殊なことはありません。」

 獣耳人間がいるだけで、悟には特別に思えます。

 彼の世界には、ただの“人間”しかいませんから。


 思わずと苦笑を一つ。

 そんな悟を前に小雪は笑顔を浮かべました。

 自信たっぷりに悟に言います。


「大丈夫です!お客様は凄い力がわんさかな世界に行きますから!」


 あまりに彼女が自信たっぷりに言うので悟は少し戸惑いました。

 すこし口を噤み、悟は思い切って小春に問いかけました。


 異世界に行き、自分はどうなるのか?

 生まれ変わるのか?

 それとも、この姿のまま転生するのか?


 小雪は酷く困った表情を浮かべました。


「ごめんなさい。それは分かりません。お客様がどのような世界に行き、どのような姿を授かるかは、私にも……」


 耳をぺたんと下げて、心から申し訳なさそうに呟きました。

 彼女からすれば異世界の話です。分からないのは当然です。


 彼女の答えに悟は少し残念に思いました。

「分からない」と言われましたが、彼女なら自分の転生先の世界も分かるのではないかと心のどこかで願っていましたから。


 そんな悟に小雪は少し慌てて顔を上げ、自身の胸を叩きました。


「けれど、きっと、いえ。とっても良い世界なのは分かります!」


 自信満々に彼女は悟を真っすぐに見つめます。


「きっと魔法みたいな特別な力もあって、大変だけれど楽しい事に間違いはありません!私が保証します!」


 この先、悟がどのような人生を送るか分からにと言うのに。

 彼女は「それだけは確かです」と真剣な顔で言いました。


 悟は思わず笑います。

 そうだな、そうなったらどうしよう。冒険者にでもなろうかな。――なんて。


 この先について笑いながら思い浮かべます。

 これから自分が転生し、どのような人生を送る事になるか想像します。


 出来る事なら、出来る事なら魔法がある世界で、冒険できる世界で。

 そして――前世の前の記憶もなく、新しい人生を送りたい。

 心のどこかで願ってしまうのです。


「お客様」


 ふと、小雪の声が響きました。

 顔を上げると此方を見つめる少女の姿が映ります。


 小雪は悟を真っすぐと見つめていました。

 真っすぐと見つめて、優しく微笑むのです。


「今度はお客様のお話もお聞かせください」

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