【短編】嫌われ者同士の結婚だと理解して貰って良いですか?

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第1話

「噂を鵜呑みにして私を悪女だと冷遇してらっしゃるようですけど、氷の公爵様は脳みそまで氷漬けなのかしら?」


 公爵家の広いが何となく殺風景な中庭。

 そう口にした途端、氷の公爵とやらの頬が赤く染まった。それが怒りなのか恥辱なのかは不明だ。

 どちらでも良いが後者ならまだ救いがあると思った。そんなことを考えていたら顎をクイと掴まれた。

 不快なので即バシリと叩き落とす。


「君は自分の立場を弁えているの、痛っ」

「夫とは言え私に気安く触らないでください」


 男を次々取り換える悪女だと散々汚れ扱いして嫌った女の顎を掴もうとするんじゃない。

 私は冷たい目で彼を見つめた。


 目の前の男性の名はジェラール・スカーレット。色素の薄い金髪に氷色の瞳をした美男子である。

 そしてスカーレット公爵家の当主で私アニエス・ベルティエの夫だ。

 結婚したのは一か月前なので新婚ではある。しかし私たちの関係は蜜月とは程遠かった。


 お互い結婚話が持ち上がるまで一切話したことなど無い。しかし顔と名前は知っていた。

 私たちは貴族の間ではちょっとした有名人なのだ。多分どちらも悪い意味で。


 ジェラール公爵は絶世の美男子で氷の公爵と陰で呼ばれている。

 その薄青の瞳からイメージされてる部分もあるだろうが、大部分は彼が血も涙も無い冷たい人間だと思われているからだ。

 

 五年前、長年彼を慕っていた婚約者に対し一方的に暴力を振るい婚約破棄をしたのは有名な話だ。

 結果相手の伯爵令嬢は深く傷つき暫く療養していたと言われている。

 それで暴力クズ男と言われず氷の公爵というキラキラした異名がつくのはその身分と美貌のお陰だろうか。


 私などはシンプルに悪女とか悪役令嬢などと言われているのに。しかも冤罪だし。

 長い黒髪と真紅の吊り上がった瞳。美人は言われても可愛いとは乳母以外から言われたことの無い顔立ち。

 貴族学校の初等部の時点で娘を虐める継母顔だとか将来嫁を虐めてそうとか言われていたわ。


 それでも不美人では無いし、伯爵家長女の身分のお陰で縁談には困らなかった。

 全部相手の申し出で破談になったけれど。しかも全員私でなく私の妹を愛したという理由で。

 三回それを繰り返して汚れたのは私のイメージだけだった。だって妹は男たちの気持ちには応えなかったから。


 私の元婚約者たちが勝手に愛らしい優しく彼女を好きになっただけ。妹は寧ろ彼らの不義に泣いて怒った。私が可哀想だと。

 だから妹が姉の婚約者を奪ったと責められることは一度も無かった。


 私が傲慢で性格が悪いから男は優しくて可愛らしい妹を好きになって当たり前らしい。

 なら姉の婚約者を何回も誘惑して奪う女の性格は悪くないというのかしら?

 そうよ、彼女はわざとそうしたのよ。

 

 血の繋がりを疑うレベルで私とは似ていない妹の名前はエリア・スカーレット。

 ピンクブロンドのふわふわした髪と優しい緑色の垂れ目。愛らしい小動物みたいなイメージの彼女。

 狩りをするように私の婚約者の心に忍び込み、心を奪ったらあっさりと興味を無くす。


 姉の私から奪うのが目的で男自体が欲しい訳では無いから唇も心も愛の言葉も許さない。

 本当の悪女ってエリアの事を言うのではないかしら。


 でもそんなことを言ったら両親は私を強く叱りつけた。そして女性に対し酷い扱いをすると有名なこの氷の公爵とやらと強引に結婚させたのよ。

 ろくに婚約期間すらなく。二人姉妹で長女の私を評判の悪い相手に嫁がせるなんて正気かしら。

 

 そう思っていたけれど、私の知らない所でエリアが婿を取って伯爵家を継ぐことになっていた。

 私の婚約者だけでは足りなくて次期当主の座が欲しくなってしまったらしい。寧ろ喜んで贈呈するわ。

 幼女や小動物のように可愛がられて来て当主教育なんてされていない彼女に女伯爵なんて出来るか謎だけれど。

 

 でもよく考えたら小動物だからって無害とは限らないわよね。

 私は公爵の足元に擦り寄っている黒猫を見つめながら思った。

 こんなに甘えん坊で可愛らしいけれど、先程一匹で散歩中に撫でたら容赦なく引っ掻いてきた。

 思わず叫び声を上げたら、結婚式以来ろくに顔も合わせない公爵様がすっ飛んできたのよ。

 そして話も聞かず怒鳴りつけてきたから私も色々吹っ切れてしまった。

 

「ダイアナ、今俺たちに近づくんじゃない! その女に踏まれるぞ!」

「張り倒しますよ、猫じゃなく貴方を」


 怒りで血行が良くなったのか引っ掻かれた手の甲がズキズキと痛み出した。

 さっさと自室に戻って手当したいのだけれど難しそうだ。


「何て暴力的な女だ、やはり傲慢な悪女の噂は本当だったのか……」

「あら、半信半疑だったのですか?私はすっかり貴方が信じ込んでいると思っていたのですが」

「君が男をたぶらかし飽きたら捨てているという噂についてはどうでもいい、君を愛するつもりは無いからな」

「……予想よりデマの内容が悪化していて驚いたわ」


 貴族学校では男女は別クラス。

 更に婚約者以外の年頃の異性と完全に二人きりで居る機会なんてほぼ存在しない。貴族令嬢ならほぼ誰でもそうだろう。

 相手が姉妹の婚約者とか将来の親戚扱いされている関係でも無い限り。私は溜息を吐いた。


「デマ?……もしかして事実は異なるのか?」

「貴族の娘が殿方とっかえひっかえして男遊び出来る筈無いでしょう、少し考えたらわかりません?」


 使用人との隠れた火遊びや、金と暇を持て余した美貌の未亡人が男遊びをしたりはするかもしれない。

 でも私はまだ十代の伯爵家の長女なのだ。


「結婚なんて親の決めた相手とするに決まってますし、親の決めた相手を飽きたから捨てるなんて出来るとでも?」

「それは……しかし君は婚約者が三回も代わっている」

「相手が全員私より妹を好きになったからですわ。でもそれって私に非があることですか?」

「それは……知らなかった」

「父母が隠蔽に頑張ったのですね。……私の悪評に対してはまともに動いてくれなかったのに。私は強い女だからと……」


 そういう人たちだった。何かあれば私を強い賢い逞しいと誉めていた。だから「何があっても大丈夫だろう」が口癖だった。

 そして持ち上げながらも強い女は男には好かれにくいとも言っていた。悪口程当事者の耳に聞こえやすい物なのだ。


「……アニエス嬢?」


 俯いた私にジェラールが声をかけてくる。若干心配そうな声音だった。

 成程、こんな風に弱さを見せると相手も気遣い始めるのか。今後活用しよう。でもそれは今では無い。


「まあ確かに私は強い女ですけれどね。だから言いたいことはそろそろ言わせて頂きます」 

「意外と元気だった……それで言いたいこととは?」

「私も悪女と呼ばれてますけれど、貴方も絶対結婚したくない男扱いされていますからね?」

「えっ」

「ご自身が氷の公爵って呼ばれているの御存知ですか?」

「それは知っているが……」

「一見格好良く見えますけれど血も涙もない冷酷カス男って意味ですよ。だから一度目の婚約解消の後に次の縁談が私以外に来なかったのですよ?」

「いや、それは……俺が嫌がったからでは?」

「嫌がるも何もそもそも縁談が来なかったんですよ。理由、心当たりがあるでしょう?」


 私の言葉にジェラールは顔を曇らせる。氷とか言われてるけれど案外表情豊かだなと思った。

 彼の足元で黒猫のダイアナが私を威嚇するようにシャーと鳴いた。

 このポンコツな氷の公爵を心から愛しているのはもしかしたらこの黒猫だけかもしれない。 


「確か公爵様は、私の前に婚約されていた女性を突き飛ばして怪我をさせたとか?」


 そう笑みを浮かべて告げるとジェラールは僅かに顔を青くした。

 巷では氷とか言われているが私より余程表情豊かだ。


「あら、悪質な嘘だと否定されないのですか?」

「……事実だからだ」


 やはりそこは事実だったかと私は納得した。

 俺は悪くないなどと言わないだけマシだろう。

 私の過去の婚約者たちは大体そういう風に心変わりを自己弁護してきたから。


「五年前でしたかしら、ソレイユ伯爵令嬢と婚約破棄したのは?」

「……破棄では無い、解消だ」


 私が微笑んで言うとジェラールは不機嫌そうに睨みつけて来た。

 まあ彼はいつもこういうむっすりとした表情をしているのだが。

 それさえも絵になるような美形に生まれたことを公爵は両親に感謝した方が良いと思う。


「その理由は、この庭を散策していた当時の婚約者を突き飛ばして怪我させたと言う話ですわね」

「……詳しいな」

「その元婚約者の御友人の令嬢の妹たちの何人かと私は貴族学校の同級生ですのよ」


 彼は私より三歳上で今年二十一歳になる。

 その美貌だけでなく在学中に父親と長兄を事故で亡くし急遽公爵になった事でも有名だった。


 でも彼に少しでも憧れる女生徒が出ると、親切な誰かが真実を教えてくれるのだ。

 氷の公爵は人を愛する心を持っていない。何を考えているかわからない。だから婚約者だろうと気に入らなければ乱暴に扱うと。


「正直、見てきたように話されるので驚きましたわ。でもそれだけ詳細なのに肝心な部分は誰も語らなくてずっと不思議でした」

「肝心な部分?」 


 ジェラールが聞き返して来たので私は頷いた。


「どうして公爵が婚約者を突き飛ばして怪我させたのかという部分です。物語なら一番重要では?」


 私は彼の足元の黒猫を眺めた。ふふと笑みが漏れる。相手からしたら傲慢で悪辣な笑みに見えるかもしれない。

 でも外見が悪女の私よりも、か弱く被害者を気取れる女性の方が悪質なことも珍しくはない。


「ただの悪口なら聞き流しても良かったけれど、婚約して結婚するなら無視できませんもの。ですから少し調べましたの」


 これでも以前は伯爵家を継ぐ予定だったのだ。情報収集のツテはそれなりに持っている。


「ソレイユ伯爵令嬢はその黒猫……ダイアナちゃんの尻尾を踏んだら気に入りの靴を引っ掻かれて、腹を立てて踏み潰そうとしたとか」


 私は彼の足元に纏わりつく黒猫を眺めた。飾り付きの首輪が良く似合っている品の良い華奢な猫だ。毛艶も良い。可愛い。

 その尻尾の真ん中部分が良く見ると微妙に曲がっている。鍵尻尾は先天性の場合もあるが彼女の場合はそうではないだろう。

 私は深く息を吐いた。心を落ち着ける為にだ。


「……私だったら突き飛ばすだけでは済ませなかったのに」

「ひっ」


 ジェラールが乙女のように小さく悲鳴を上げた。

 別にそんな凶悪な表情をしたつもりは無いのですけれど。


 怯えた表情の彼を守るように黒猫が私に対し毛を逆立てる。健気で可愛いなと思った。

 五年前ならまだ子猫だろう。小さな体がヒールで踏み殺され無かったのは不幸中の幸いだ。


「ソレイユ伯爵令嬢は最初全く悪い事だと思ってなかったみたいで、見舞に来た友人たちに理由を言いふらしたみたいです」


 婚約者の飼い猫が引っ掻いてきたのが悪いのだと。あんな躾のなっていない猫なんて飼うべきでは無いと。

 自分が勝手に公爵夫人気取りで中庭に無断で立ち入ったことは棚に上げて。


 私は当時の事情を聴いた一人の御婦人のことを思い出した。

 ソレイユ伯爵令嬢の取り巻きの子爵令嬢。彼女は足を挫いて学校を休んだ伯爵令嬢の見舞いに行った。

 そこで猫を踏み殺してやれば良かったと残念そうに言う伯爵令嬢に猫好きの彼女は我慢出来なかった。


 だから立場が上の相手に関わらずそんな残酷な事は言わない方が良いと進言したのだ。

 結果取り巻きから外され虐めに近いことまでされて、それなりに辛い思いをして貴族学校を卒業したという話だ。


 しかし格下令嬢が自分に意見した行為自体は許せなくても、意見自体は柔軟に取り入れたらしい。

 ソレイユ伯爵令嬢は自分が婚約者に突き飛ばされた理由については口を閉ざした。


 事情を既に知っていた取り巻きも黙らせたのだろう。そして公爵が伯爵令嬢に暴力を振るった事実だけが伝えられ続けた。

 確かに暴力はいけない。でも突き飛ばして猫と距離を取らせなければダイアナは踏み殺されていたのかもしれない。


「……それだけじゃない」


 私に怯えることを止めたらしいジェラールが静かに口を開いた。


「婚約の継続条件としてダイアナの殺処分を提案された、だからこちらから断った」

「えっ寧ろその時点でその女を殺処分しましょうよ、人間如きがおこがましいにも程があるでしょう」

「ひっ」


 隠しきれなかった殺意に驚いたのかジェラールが又怯えた声を上げる。

 完全にその氷の仮面は溶け切っている。そもそも氷なんて元から無かったのかもしれない。

 周囲が勝手に彼を冷たい人間に仕立て上げただけで。私はコホンと咳払いをした。


「でも当事者に聞くのがやはり一番ですね。これで貴方の婚約破棄理由は私にとって全く問題無いことが完全に分かったので」

「……もしかして、アニエス嬢は最初から私の悪評を信じていなかったのか?」


 信じられないというように訊いてくるジェラールに私は少し考え込んで返事をした。


「以前までは多少信じていましたけれど、夫婦になるなら噂をそのまま鵜呑みにして最初から険悪になるのって馬鹿じゃないですか」

「うっ」

「調べもせずに好き勝手嫌ったりできるのは自分の人生に影響無いからですよ。冤罪で相手を罵って訴えられて負けるなんて嫌ですし」

「それは……俺を、訴えるのか?」

「まだ訴えませんよ、今回は私にも非がありますし一度目は許します」

「……まだ?」

「確かに私をよりにもよって猫ちゃん様に暴力をふるうような極悪人として扱ったことだけは数十年間じっとりと恨みそうですけれど」

「ひっ、すっ、すまない……」

「確かに今日こそはいけるかとダイアナちゃんに触ろうとした私が完全に悪いですけれど、思いっきり引っ掻かれたら悲鳴上げる権利ぐらいは与えて貰っていいですか?」


 そう言いながら私は血で汚れた手の甲を彼に見せつけた。

 ジェラールは顔を真っ青にして叫んだ。


「なっ、血っ、いっ、医者っ!」

「大丈夫です、血は気合で止めました。私は命の危険が無い限り猫ちゃん様を怒鳴ったりしません。本当それだけは理解してくださいね、私は死んでも猫ちゃん様にだけは危害を加えないので、いや本当にそれだけは譲れないので」

「わかった、わかった! ……アニエス嬢、君は……もしかして、いやもしかしないなもう、猫が好きなのか?」


 私の発言を聞いた彼が恐る恐ると言った様子で質問してくる。

 私は即座に答えた。


「好きとか嫌いとか考える領域は超えて、最早猫ちゃん様が存在するからこの世界を滅ぼさない感じですね」

「怖っ! 君は魔王か何かなのか?」

「いえただの悪女です。それで貴方との結婚を了承したのはこの屋敷で猫ちゃん様が幸せそうに暮していると知ったからです」

「えっ、完全に我が家の猫たち目当て? 俺でなく?」

「もしかして家柄や美貌目当てとか思ってたのですか? 自己評価高過ぎでは?」


 私がそう言うとジェラールは恥ずかしそうに顔を赤くした。どうやら本当にそう思っていたらしい。

 顔と家柄は確かに良いから多少なら自惚れる権利はあると思うが、私はそういう理由で彼を選んだわけでは無い。


「君は、顔の良い男性が好きだと……」

「そういう噂を聞いて鵜呑みにしたのですね、私みたいに真偽を調べもせずに」

「……本当にすまない」

「貴方に興味ないので愛の無い結婚でも別に良いけれど、後継作るつもりで結婚して妻冷遇するって子供に最悪な家庭環境過ぎません?」 

「それは……重ね重ね軽率だったと……」

「あの、確認ですけれど私と子供作るつもりなんですよね? 男遊びしまくってると嫌ってた悪女相手によく作ろうと思いましたね? そういうのに興奮する異常性癖ですか……いった!」


 顔を真っ赤にして泣きそうなジェラールに顔を近づけて追い打ちをかけていたら足首に激痛が走る。

 耳を伏せて毛を逆立てた黒猫が私を噛んでいた。どうやら私がジェラールを虐めていると思い攻撃したらしい。健気で好き。


「あっ、ダイアナ……すまない。この子はあの一件から女性のことが苦手になって……」

「謝らないでください、今から男になれば良いだけですから」

「いやそれは困るよ!」


 私が言うとジェラールは本気で焦った声を出した。

 嫌ですね、冗談ですよ。そんな簡単に性転換できるわけないじゃないですか。


「気にしないでください。そのことは知っています。ただ今日は珍しく近づいて来てくれたので図々しく撫でようとした私が悪いのです」

「知っているって……来たばかりの君がどうして?」

「貴方には嫌われていてもこの屋敷の使用人に嫌われている訳では無いので、猫ちゃん様と仲良くしたいって相談したら色々を教えてくれました」

「えっ、俺は報告されてない……」

「だって貴方私に関しては家の害にならないなら放って置けとか不機嫌隠さず執事たちに言ってたらしいじゃないですか」

「うっ」

「報告しにくい環境作るのって正直当主としてどうかと思いますよ。まあ夫婦関係の改善をせず放置していたのは私も同じですが」


 貴方には興味が本当に無いので。

 私がそういうとジェラールは凄く複雑そうな顔をした。

 しかし決心したように私の掌を取る。怪我をしていない方だ。


「とりあえず、君の傷の手当てをさせて欲しい……それと君を悪女だと誤解していて本当に済まなかった」

「別に構わないですよ、悪女なのは事実ですので」

「えっ」

「公爵夫人の立場って便利ですよね、私猫を気軽に殺そうとする人間ってどうしても消し、厳罰に処したくて……」

「まさか、君はソレイユを……」

「うふふ、大したことはしていませんよ、公爵夫人の立場を活用して高位貴族のお茶会に沢山出て五年前の真実を何度も語り尽くしただけなので」


 貴族には程度の差はあるが猫好きが多い。多分貴族じゃなくても猫好きは多い。だって猫はとても素晴らしい存在だから。

 そして現国王と王妃は大々的に公表はしていないが我が子のように猫を可愛がっている。

 こっそりと愛でているのは、猫が好きでも無いのに追従の為に飼い出す輩を生み出さない為だ。でも高位貴族は殆どが知っている。


 なのに自分に非があるのに飼い猫を殺せとかほざいた伯爵令嬢と娘のその要望を平然と伝えた伯爵家当主はかなりの馬鹿だ。

 更にソレイユ伯爵令嬢は重ねて自分の汚点については隠匿し相手が全部悪いように喧伝した。

 それが暴露された今貴族間での彼女の価値は暴落しているだろう。

 何より小動物平然と殺そうとする女ってだけで普通に拒絶されると思うし。


 私なんて性格きつそうな外見しているだけで無責任に悪女呼ばわりされているのだ。

 ソレイユ伯爵令嬢は一年後ぐらいには凶悪犯罪者扱いぐらいされてるかもしれない。


「……ソレイユ伯爵令嬢は独身を拗らせた貴方が折れて自分の要求を飲むまで待つつもりだったみたいですけれど」 


 その為に別の相手と婚約もせず、でも何年もジェラールの悪評は後輩を使ってでも流し続けたのだ。

 とんだ女狐だと言いたいが、狐に失礼だろう。狐も可愛いので。


「彼女の要求なんて絶対に飲まない。ダイアナたちは誰にも傷つけさせない」


 私に対しての先程までの怯えが嘘のようにジェラールは力強く宣言した。


「ふふ、私が結婚を決めたのってそこなのですよね」

「……君は俺が猫好きだと最初から知っていたのか?」

「そうですね、婚約破棄の真相を調べていたら知りました」

「なら、君も猫好きなのだろう?最初からそれを教えてくれていれば……!」

「貴方と出会ったばかりの私が猫好きだとお伝えしても、貴方はきっと自分に媚びる為の嘘だと思ったでしょうね」


 笑顔を浮かべながら返すと彼は気まずそうな顔になった。本当に正直だ。


「私、猫ちゃん様と暮らすのがずっと夢だったのですよね、妹が病弱で動物の毛が苦手だったから……」

「そうだったのか……」

「だから私を愛していなくても、結婚は継続して頂きたいのです」

「それは当然だ」


 そう言うとジェラールは力強く頷いた。

 ダイアナちゃんが彼の足に自分の尻尾を巻き付けている。嫉妬深くて可愛い。


「寧ろこちらからお願いしたいぐらいだ、身勝手かもしれないが今の俺は君に惹かれている」 

「気に入って頂けて良かった、もし断られたら貴方を物言わぬ傀儡にして居座るところでしたので」

「ひっ」

「なんて冗談ですよ、猫ちゃん様の下僕同士末永く仲良くしましょうね、ジェラール様」


 私はにっこり微笑んだ。彼は少し怯えた表情でこくこくと頷いた。臆病なリスみたいで可愛いなと思った。

 私は可愛いものが好きなのだ。その中でも猫ちゃん様が究極で完璧に可愛いだけなのだ。

  

 だからこの元氷の公爵の事もきっと愛することが出来るだろう。

 ジェラールと見つめ合う私の足をダイアナちゃんが再度強く噛んだが気にならない。愛とは痛みを伴うものなのだ。


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