中華料理屋で中国人の可愛い店員と仲良くなる話

忍者の佐藤

第1話

 自宅の近くに中華料理屋が出来たのは半年前の事だ。なんでもコックもウェイターも全員中国人で、本格的な中国の味にこだわっているらしい。


 それが仇となって日本人の口にあわないのかどうかは知らないが、最近その中華料理店の駐車場に停まっている車があからさまに少なくなってきた。一番忙しいであろう18時~21時の時間帯であっても多くて三、四台ほど。ひどい時では完全にがら空き状態である。

 人通りも多く、15台は停められる立派な駐車場なだけに、その光景は余計に空しさを掻き立てるものがあった。


 そんな流行らない中華料理店に逆に興味をそそられた俺は、仕事終わりに一度行ってみようと思い立った。



 ***



 俺が仕事を終え、電車で自宅近くの駅まで帰ってきたのはちょうど19時を回ったところだった。中華料理店「全月」は自宅に帰る道の途中にある。


 久しぶりの外食を楽しみにしていた俺の頭の中は中華料理に支配されていた。アツアツの油淋鶏を頬張りながらビールを飲むシーンが瞼の下で繰り返し流れており、3歩 歩くたびに腹の虫がグゥグゥ鳴った。


 5分も立たないうちに俺は「全月」の前に到着した。

 車は一台も止まっておらず、窓から見える店内に客の影もない。これは完全に貸し切り状態かもしれないぞ。


 真っ赤なドアを開けて中に入る。

 その途端、厨房の方から鍋の上で勢いよく弾ける油の音が耳に響いて来た。

 そして中華料理屋特有の何かを焼いたような、甘く香ばしいにおいが鼻にかおる。

 店内の壁は朱色に塗られていて「雷門」の装飾が施(ほどこ)されている。

 ここまではいかにもな中華料理屋だ。


「いらっしゃーい!」

 ゆったりした弦楽器の音楽が聞こえる中、奥から赤いチャイナドレスを着て走ってきた女性に俺は目線を奪われる。

 左右にお団子を一つづつ作った髪型、ハッキリした目鼻立ち、スリットからのぞく太ももと細くスラリと伸びた足。

 外回り中にすれ違っても思わずナンパしてしまいそうな美人だった。なぜこんなに可愛いウェイトレスがいるのに、こんなに閑散(かんさん)としているのだろうか。



「お兄さん一匹か?」


 どうやら日本語は怪しい様だ。


「はい、一人です」


 すると女性はクルリと厨房に振り返って声を上げた。

「客一匹! 入ったヨ!」

 この店に客が少ない理由がだんだんわかってきた気がした。


「好きな席へドウゾ!」

 と言われたので俺は4人掛けの座席に座る。どれにしようかとメニュー表を見ていると、厨房へ引っ込んでいたチャイナドレスのウェイトレスが水を持って戻ってきた。


「ご注文ㇵ!」

 女性はよく通る声を張り上げる。


「うーん、どうしようかなぁ」


「ちなみに私の名前は爽(シュゥァン)だヨ!」


「なんでこのタイミングで自己紹介したの?」


「アイヤー! 間違えたヨ!」


 爽さんはガハハッと笑って手のひらで自分の額を叩いた。なんだこの人。


 まあとにかく今は3人分くらいは平気で食べられそうなくらい腹が減(へ)っている。旨そうなメニューを手当たり次第に頼んでいこう。


「じゃあ先ずハッポウサイ一つ」


「ヘイ! ハッポウサイ一丁!」


「次にピータン一つ」


「ヘイ! ハッピータン一丁!」


「混ざってる混ざってる別物になってる」


「アイヤー! ピータンね!」

 爽さんはまたガハハッと笑って額を手のひらで叩いた。癖(くせ)なのだろうか。


「それからシューマイ一皿」


「ヘイ! シューマイマイ一丁!」


「……あと肉まん一つ」


「ヘイ! 肉マンマン一丁!」


「ねえちょと爽さん」


「私は売ってないヨ!」


「そうじゃなくて! さっきからなんで言葉を重ねてるの?」


「?」

 ちょっと何を言ってるのかよく分からないと言いたげに首をかしげる爽さん。


「肉マンマンは肉まんで良いし、シューマイマイはシューマイで良いじゃん」


「アイヤー! そうだったヨ!」

 爽さんはまたガハハッと笑って額を手のひらで叩いた。その「やっちまったぜ!」みたいなリアクションやめろや。


「注文に戻っていい?」


「戻れヨ」

 若干イライラするのを抑えつつ俺は注文を続ける。


「あとジャージャー麺(めん)ひとつ」


「ジャーメン一丁!」

 俺はちょうど口に含んでいた水を噴(ふ)き出しそうになった。


「ちょっと待て!」


「何ヨ!」


「何ってジャージャー麵だろ! ジャーメンだと何かイカガワシイじゃん!」


「どこガ?」


「……あ、いや、何でもない」


「ザーメンみたいだかラ?」


「分かってるんじゃねえか!」


「早く注文続けろヨ」


「くっ! ……ユーリンチー 一つ」


「遊園地?」


「いや、ユーリンチー」


「あは、この通路を右に行って突き当たったらトイレだヨ」


「なんで急にトイレの案内したんだ」


「お前がウン〇ーチーて言うかラ」


「言ってねえよ汚ぇな! ユーリンチーだユーリンチー! あと客に『お前』って言うなや!」


「ガハハッ! ユーリンチーね!」


 爽さんはまるでバッターボックスに入る前のルーチンワークのように額を手のひらで叩く。スラリとした長身の彼女がその動きをするとギャップが凄い。


「次は何だヨ」


「そうだなぁ。この『スアンラータン』っていうの一つ」


「オランウータン?」


「スアンラータンだよ。オランウータンいるのかよ」


「一匹しかいないヨ」


「一匹いるの!?」


「他に注文ㇵ?」


「じゃあショーロンポー一つ」


「ヘイ! ショーチンポ― 一丁!」


「ショーロンポーだってば!」


「ショーチンポ―?」


「ロ!」


「ロ?」


「ショーロンポー!」


「ショーロンポー?」


「ショーロンポー!」


「ショーロンポー!」


「あと最後にチャンポン麺(めん)ね」


「ヘイ! チンポンメン一丁!」


「お前わざと間違えてんだろ!」


「お客さんこそ、さっきからザーメンだのチンポだの下品すぎるヨ!」


「お前だよ! ザーメンって言ったのもチンポって言ったのもお前だよ!」


 しかし爽さんは何が嬉しいのか知らないが満面の笑みだ。


「じゃあ注文を繰り返すヨ!」


「うん」


「豚の生姜(しょうが)焼(や)き一丁ライス付きネ!」


「ことごとく違うわ!!!」


 すると爽さんは急にスリットの部分をめくり上げてみせた。スリットの下からのぞく白い地肌に視線を吸引される。


「これで満足カ?」

 急に強気になる爽さん。

「あっハイ。生姜焼きでいいです」

 対照的に弱気になる俺。なんかくやしい。



 俺が頬(ほほ)杖(づえ)をついて外の景色を眺めていると、何やら厨房の方から捲(ま)くし立てるような中国語が聞こえてきた。

 厨房の方を振り向くと、どうやらチーフコックと思しき人物が爽さんに対して激しく叱責(しっせき)している。接客態度の事で怒られてるんだろうか。



 しばらくすると爽さんが目をこすりながらコチラに戻ってきた。瞳からあふれ出る涙は頬(ほほ)から手から黒い床にこぼれ落ちてる。やはり怒られていたみたいだ。

「うぅ、お兄サンのバカ」

「なんで俺のせいなんだよ!」


 言われていることは理不尽なのだが、目の前で泣いている爽さんが可哀そうになったのでハンカチを差し出した。


「店長が、もう一回注文聞いてこいっテ……」

 爽さんは涙をぬぐいながら言う。


「分かった分かった。もう一回ゆっくり言うから……」

 俺は一度戻したメニュー表を取り出して広げた。今度は漢字の部分を指さしながら注文をすることにする。


「この八宝菜ひとつ」


「……うぅ、漢字わからないヨ」


「お前 何人(なにじん)なんだよ!!!」






 ***



 あれからなんやかんやで俺の「全月」通いが続いている。

 爽さんは相変わらず日本語がたどたどしいままだが、その笑顔を見てると仕事の疲れが癒(いや)されるのだ。

 今度の休み、遊びにでも誘ってみようかなぁ。



 おわり

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