第3話 決定的瞬間
「じゃ、じゃあ、ありがとうございました!失礼しました!」
「にゅ、入部してくれるかな?」
「してくれたら嬉しいですけどね」
なんせ、アニ研は部としての絶対必要な部員数四人をぎりぎりクリアしており、一人でも部をやめると存続すら危うい部活なのである。
なので、できれば部員数は多ければ多いほどいい。そうしたらもう少し広い部室が手に入るかもしれないし。
「あっ、俺も塾があるんだった!すみません、先に帰っても大丈夫ですか?」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます」
そうして、優希も部室を出ていった。
静かになった部室で、琴音が話を吹っ掛ける。
「小夜ちゃんさ、優希のこと好きだよね?さっき気づいたんだけど」
「ああ、そうだな」
「えっ、えっ?そ、そうなの?」
一人だけ気づいていなくて慌てている青木部長。
「まったく優希の奴、一体何人の女子をたぶらかせば気が済むんだろうね?」
「たぶらかすって......言い方。まあ、優希にはその気が全くないんだけどな」
「や、やっぱり斎藤君って、その、モテるんだね」
優希がモテていることは、さすがの青木部長も知っていたらしい。
「でもさー、なんで優希ってアニオタなのにあんなにモテてるんだろうね?私昔っから疑問だったんだけど」
「優希は琴音みたいにアニメだけにしか興味がないわけじゃないからな。ちゃんと勉強やらスポーツやらにも積極的に取り組んでるし、服とかもちゃんと選んで着ているしな。おまけに顔も性格も良い、これでモテない方がおかしいだろう?」
「納得」
腕を組んでうんうんと何度も頷く琴音。
「で、でも、なんで斎藤君ってアニメが好きなのかな?」
ふとしたように疑問を口にする青木部長。
「そういえばそうですね、今まで気にしたことなかったな」
まあ、そんなに深い理由はないだろうけど。
見てみたら面白かったとか、そんな理由なんだろう。
「そういえばさ、琴音は優希のこと異性として見たことないのかよ?」
「異性として?」
「そうそう」
少なくとも、初めて見たときは少しドキッとしたとかはあるだろ。
「ないねー。私、アニメの中の男性にしかドキッてしないんだよね」
「......じゃあ、現実世界の男は?」
「んーとね、全く興味ないかな。あっ、異性としてって意味ね」
こいつ、アニメ好きにもほどがあるんだが。アニメの中で生きたほうが幸せなんじゃないか?
「ほ、ほらほら、おしゃべりはそれくらいにしてね。そろそろ作業を始めるよ」
「「はーい」」
◇◇◇◇◇◇
しばらくして部活が終わって、俺は学校を出ようと階段を降りる。
一階まで来て下駄箱の方を見ると、女子が何かを持って何やら怪しいことをしている。
近づいてみると、今朝俺に優希の連絡先を聞いて来た米倉さんだった。
何か紙を持っていて、それを斎藤の下駄箱に入れようとしている......これって見てもいいのか?
「はっ」
まずい、気づかれた!
俺は咄嗟に後ろを向いて、見ていないふりをする。
「あのー、見てたよね?」
「......えっと、何のことかな?」
俺は平静を装うとする。うん、俺は何も見ていない、米倉さんがこっそりラブレターを斎藤の下駄箱に入れようとしたところなんて、見ていない。
「......全部聞こえてるよ、隠す気ある?」
「えっ、マジ?」
「うん、マジ」
嘘だろ、そんなこと言った覚えはないんだが。
「とりあえず、こっち来て」
「うおっ!」
米倉さんに手を引っ張られ、俺は校舎裏までやってきた。
「あの、くれぐれもこのことは......」
「大丈夫、誰にも言わないよ」
「......本当に?」
失礼な......って、顔見知り程度の人の言うことを簡単に信じられるはずもないか。
「大丈夫だって。優希の親友をやってたら、似たようなことは二、三回は経験してるから」
「そこだけは妙に信用できるんだけど」
俺も同じ意見だ。
「ま、まあ、一応こう見えて口は堅いから、信じてもらっても大丈夫だよ」
「そ、そう?それじゃあそうしようかな」
どうやら信じてもらえたようだ。よかったよかった。
「そういえば、結局どうするの?優希宛のラブレター」
俺が尋ねると、米倉さんは顔を少し赤らめた後、頬をポリポリと掻いて答える。
「あー、やっぱり渡すのはやめておこうかな。せっかく勇気出したのに、なんか変な感じになっちゃったから」
「......なんかごめんな」
「いやいや、君のせいじゃないから」
まあ、今回のことについてはどっちも悪くないよな。事故だな、事故
「そういえば、名前何だっけ?」
「ひっどーい!一応クラスメイトだよ?」
「じゃあ、俺のフルネーム言える?」
「えっ?えっとね、田中......田中、君」
やっぱ知らなかったかー。
「樹だよ、田中樹」
「あっ、そうそう、樹だ!あー、あとちょっとで出そうだったのに!」
本当かよ。
「あっ、私は湊、米倉湊だよ。よろしくね、樹君!」
うっ、いきなり下の名前呼びかっ!これがコミュ力高めの連中からしたら普通なのか?
こいつ、やっぱり陽キャだったのか!俺には、ほとんど初対面でいきなり名前呼びをするなんてこと、とても真似できない。
「ああ、よろしくな、米倉さん」
「うん、あっ、くれぐれもさっきのこと、秘密にしておいてね!じゃあ!」
そうして、手を大きく振りながら米倉さんは走り去っていく。元気だなー。
「さてと、俺もそろそろ帰るか。確か今日は『去り君』が見れる日だったな」
俺はさっきあったことを頭の中から放り出して、今日更新されるアニメに思いを馳せながら帰っていった。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
「おはよう、樹君!」
俺が学校の門をくぐると、米倉さんが話しかけてきた。
「あっ、おはよう、米倉さん」
「そうそう、昨日のこと誰にも話していないよね?」
「?昨日のこと?」
なんだっけ?
「あれだよ、ほら、ラブレターの」
「あっ、あれか!大丈夫大丈夫、言ってないって」
やべえ、すっかり忘れてた。
「......本当に?」
「本当だって、まず昨日からこの学校の人と話してすらないよ」
「あっ、そうなの?じゃあ大丈夫か」
「そうそう」
「じゃあ、これからもちゃんと秘密守ってね!」
米倉さんはそう言って満足したのか、走って去っていった。
階段を上り教室に入ると、俺の席に誰かが座っており、優希と話している。
優希と目が合った。
(助けて~)
そんなことを目で訴えてくる優希。
俺はそれに応えようと、優希と話している女子に近づいていく。
確か名前は......荒崎さん、だっけかな。ヤンキーにしか見えないんだが、超怖いんだが。
だけど、優希のためだ。ここは勇気を出して荒崎さんに声をかける。
「あ、あの、そこ俺の席なんだけど......」
「ああ?」
「いえ、何でもありません!すんませんでした!」
俺は優希を見捨てて慌てて教室を出ていく。
やべぇ、怖い怖い、眼力半端ねぇ。人睨みされただけで思わず逃げちゃったよ。
まさに、蛇に睨まれた蛙ってやつだな。俺、蛙か......なんか嫌だな。
(そういや、優希はどうなったんだ?)
「ちょっと樹、逃げるなよ!」
「うわっ、びっくりしたー!」
教室の中を覗こうとすると、優希が教室から出てきた。
「大丈夫だったか?なんか絡まれてたけど」
「怖かったよー。なんかいきなり樹の席に座ってきてな、俺に話しかけて来たんだよ」
「荒崎さんになんかしたのか?」
「いや、目を付けられるようなことをした覚えはないんだけど......」
いや、俺は優希が、荒崎さんが惚れるようなことをやらかしてないのか聞いたつもりだったんだが。
「......お前、そういうとこだぞ」
「ん?どういうこと?」
「何でもねぇよ」
こいつに惚れる女子は大変だな。
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