第2話 アニ研にて

 コンコン


 (ん?今度は誰だ?)


 「失礼しまーす」


 小柄な女子が出て行って少しして、赤岸琴音が部室に入ってきた。


 「今日はいつもより遅かったな、何かあったか?」


 「ちょっと数学の先生に呼び出されてね。私の係数学だから」


 「そうだったのか」


 だからいつもより遅かったのか、納得。


 「それよりさ、さっき小夜ちゃんがここから出ていくのが見えたんだけど、何か知らない?」


 「小夜って、あの小さい子のことか?」


 「そ、小鳥遊たかなし小夜ちゃん、おんなじクラスなんだ。入学してちょっと経った後アニメ繋がりで友達になってね」


 へえー、あの子もアニメ好きだったんだな。まあ、だからアニ研に見学しに来たんだろうけど。


 「小鳥遊って、小鳥が遊ぶって書いて小鳥遊って読む方の苗字か?」


 少し興奮したように琴音に質問をする優希。


 「そう!私も初めて苗字を見たときはびっくりしちゃったよ!アニメではよく見るけど実際にその苗字の人はほとんどいないっていう、あの幻の苗字!いやー、まさかこの目であの小鳥遊さんを拝めるなんてね」


 「そうそう!確か日本には数十人しかいないんだって!」


 「えっ!本当に?そんなに少なかったの!」


 なぜか二人が小鳥遊さんについて熱く語りだしたんだが。え、アニメ好きでは有名なの?俺、小鳥遊っていう苗字のキャラが出てくるアニメ見たことないんだが。


 「ほ、ほら、小鳥遊さんは一旦置いておいて、部活の活動をしようか」


 青木部長が白熱している二人に声をかける。


 「あっ、すみません」


 「いや、謝らなくても大丈夫だよ。じゃあ、始めようか」


 「「「はい!」」」


 そして、俺たちは早速作業に取り掛かる。


 アニ研の具体的な活動内容は部員それぞれで違い、俺と青木部長は有名なアニメなどの小説版を書いている。


 優希は主にアニメのキャラのイラストなどを描いており、琴音はキャラグッズ、フィギュアなどを製作している。


 みんな黙々と作業をするため、部室は基本的には静かだ。


 俺は最初、みんなで好きなアニメを見たり感想を言ったりするのかなぁ、と思っていたから、アニ研に入ったときは驚いた。


 今まで小説なんて書いたことなかったのだが、青木部長に言われて試しに書いてみると案外面白くて、最近では家でも小説を書いている。


 「それで、何で小夜ちゃん部室から出ていったの?」


 手を動かしながら琴音が尋ねる。


 「えーと、青木部長の顔を見た途端逃げ出したんだよね」


 「あー、そういうことか」


 そんなことを話していると、青木部長のタイピング音が止まる。


 「......僕の顔って、そんなに怖いかな?」


 「ま、まあ、人は外見じゃなくて中身ですから」


 俺は、落ち込む青木部長を慰める。


 「そ、そうだよね、人は中身、中身か......大丈夫かな、僕」


 「だ、大丈夫ですって!青木部長は優しくて良い人ですよ!俺が保証します!」


 「そ、そうか、そう思うことにするよ。ありがとうね、田中君」


 (はー、よかったー、部室の空気が最悪になるところだった)


 そうして、俺たちはまた黙々と作業を続ける。



 キーンコーンカーンコーン 下校時間です 学校に残っている生徒は直ちに下校してください


 いつの間にか下校時間になっていたみたいだ。


 「じゃ、じゃあ、そろそろ解散しようか」


 「はーい」


 そうして俺たちは家に帰った。



 ◇◇◇◇◇◇



 翌日。


 俺が教室に入ると、一人の明るそうな女子が話しかけてきた。同じクラスで確か名前は......米倉さんだったっけ。苗字しか覚えてねえ。


 「ねえ、田中君。ちょっと斎藤君の連絡先教えてくれない?」


 「......そこに本人がいるから、直接聞いたら?」


 「いや、それができないから田中君に聞いてるんだけど......」


 まあ、そりゃそうか。


 「えっと、一応個人情報だから優希に一回確認してからやった方がいいと思うんだけど」


 「あっ、そっか!ごめんね、変なこと聞いて」


 米倉さんはそう言って教室を出る。前から思ってたけど、この言い返し便利だな。女子のことを傷つけず、かつ納得してもらった上で諦めさせることができる。


 前に安易に優希の連絡先を教えて、面倒なことになったからな。できればあんなことにはしたくない。


 「おはよう!さっき誰かに話しかけられてたけど、何だったんだ?」


 「いや、何でもないよ」


 「そっか!あっ、朝のホームルーム始まるぞ。早く席に着かないと」


 「はいはい」


 俺は窓側の後ろから二番目の席に着く。ちなみに窓側の一番後ろの主人公席は優希が座っている。


 「ほらほらー、席に着けー」


 そうしていると、担任の先生が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。


 

 午後の授業も終わり、俺は優希と一緒に部室に向かっていた。


 「そういや、樹って今は何のアニメ見てるんだ?」


 「えーとな、最近見てるのは......『俺、十年も会ってなかった幼馴染となぜか同棲することになったのだが?』かな」


 「あー、あれか!樹ってラブコメも見るんだね」


 「普通に見るぞ、俺は大体どのジャンルでもいけるからな」


 今のところは苦手なジャンルとかはないからな。


 「あっ、そうこう話している間に着いた」


 コンコン


 俺は部室のドアをノックする。


 「失礼しまーす、って、えっ?」


 部室には、昨日逃げ出した小鳥遊小夜が琴音と一緒に話していた。


 「あっ、昨日ぶりー。えっとね、小夜ちゃんを何とか説得して今日改めて一緒に見学しに来たんだよ」


 「へぇー、あっ、ゆっくりしていってね」


 「はっ、はいっ!」


 俺が声を掛けると、肩をビクッと震わして返事をする小鳥遊さん。ちらちらと優希の方を見ている。


 「色々見ていってね。っていっても、そんなに見るところもないけど」


 「はっ、はいっ。あっ、えっ、えっと......」


 優希が高梨さんに声をかけた。俺が声をかけた時より明らかにテンパってる小鳥遊さん。


 コンコン


 「み、みんな、来てる?」


 青木部長が入ってきた。


 「ひっ、ひぃぃぃ!」


 小鳥遊さんは青木部長の顔を見た恐怖によって、近くにいた琴音を抱きしめる。


 「大丈夫だよー、怖くなーい、怖くなーい」


 赤子をあやすように小鳥遊さんの頭をなでて安心させようとする琴音。


 「......な、何かごめんね」


 「青木部長は悪くないですよ、いや、ある意味凶悪ですけど」


 「田中君、そ、それ、どういうこと?」


 「いっ、いえっ、何でもありません!」


 青木部長、少し眉をひそめるだけで迫力半端ねぇ。怖すぎる。


 「どう?落ち着いた?」


 「は、はい、少し落ち着きました」


 琴音に頭をなでられて少し落ち着いて来たらしい小鳥遊さん。なんか、こうして見てみると姉妹に見えて来たかも。


 「ご、ごめんね、僕のせいで」


 「いっ、いえっ!私の方こそ失礼な態度を取ってしまい......」


 二人とも謝っている。いや、どちらも悪くはないのだが......


 「えっと、小鳥遊さんは、今日は見学?」


 「あっ、あのっ、えっと、はい、そうです」


 まだ若干青木部長が怖い様子の小鳥遊さん。青木部長の顔を見ようとしていない。


 「そ、そっか。ゆっくりしていってね」


 「はっ、はいっ」


 そうして、俺たちはいつものように作業をしていく。



 「あっ......ことちゃん、それってもしかして龍人?」


 「うん、よくわかったね!小夜ちゃんも『茨餓鬼バラガキ見てるんだ!」


 「うん!あれ面白いよね!」


 二人が今盛り上がっている『茨餓鬼バラガキ』とは、漫画原作の昨年放送されたヤンキーアニメである。


 茨のように棘がある若者、茨餓鬼バラガキたち、つまりヤンキーたちが互いに戦い、つまずき、時にはすれ違ったりすることで段々と成長していくという非常に面白いアニメである。


 ヤンキーアニメの中でもかなり恋愛描写が盛り込まれていたり、男性キャラがそれぞれキャラが立っていて推せるキャラだということもあって、女性ファンもかなり多い。


 「あっ、すみません、うるさくしちゃって」


 「い、いや、大丈夫だよ。ぼ、僕も『茨餓鬼バラガキ』見た。とても面白かったよ、漫画から見ている作品なんだけど、アニメの方もかなり出来が良かった」


 「そ、そうなんですか!私漫画はまだ読んでなくて......アニメと違うところって何かありましたか?」


 「えっとね、アニメの三話目でアニオリのストーリーが入っててね......」


 あれ?二人とも普通に話せている。


 よかった、小鳥遊さん、青木部長のこと怖くなくなったのかな。


 俺は少しほっとして、小説の続きを書きだした。

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