第5話 人生で一番の幸せ

「ユート!大丈夫!!」

 家に着くなり、スノーラが飛び出して心配そうに、分厚く手袋に覆われた手で僕の体を触れる。


「うん、大丈夫だよ……心配してくれてありがとう」

 彼女の頭を撫でて安心させてあげたい。けれど、彼女に断りなく触れると彼女は僕の体温に火傷して傷ついてしまう。


「本当に大丈夫?心は平気?」

 僕が村人たちの言動で傷ついてないかと涙を瞳にためて聞いてくれる。誰よりも君が傷つきやすいのに。僕のことを心配して泣いてくれる彼女の心は誰よりも温かい。


「うん、平気平気。みんな酷いよね。山の神様が怒ってるって信じ込んでるけど、ただの恐怖から目を背けているだけじゃないか……挙句、スノーラのせいで山が晴れないっていうんだよ」

「ん……ユートは晴れた方が嬉しい?」

「それは……そうだね」

「ん」


 彼女はどこか詰まって、悲しげに微笑んだ。今日の彼女は表情がコロコロ変わってよく分からない。


 その日の晩、山が晴れた。村育ちの僕にとって初めての星空が輝いている。僕は感動して、外で上を見上げていた。――やっぱり、生贄なんて無駄じゃないか

「ユート、一緒にいよう」

「うん。けど…どうしたの?スノーラから話しかけるなんて」

「ん、一緒にこの綺麗な空を見たいから」


 スノーラはいつも薄着なのに今日は大量の防寒服を着て、僕の方に珍しく自分から話しかけてきた。


「ユート、私のこといっぱい喋っていい?」

「いいよ?」

 今日の彼女はどうしたのだろう。体を僕に預け、どこか積極的だ。可愛いから嬉しいんだけど。


「私ね、一人でいるの寂しかったの。昔は仲間がいて、みんなでお話ししたり、遊んだりできたんだけどね。戦争でみんないなくなっちゃった。親友もなんでか襲ってきた人間たちから私を庇っていなくなっちゃった――


 ――生きてって言ってたの。一人で生きていてもさ、無いものばかり数えちゃってね。しんどかったの。


 ユートが来てくれてさ、昔みたいにお話しできてね嬉しかったの。なのに私は素手でユートにさわれない。れたい温もりがあるのに手が届かない。


 はじめはね。他の人と話せるそれだけで良かったはずなのに。もっともっとってどんどん欲しくなっちゃって。耐えるのもしんどくて、こんなに近くにあるのに手に入れたら崩れちゃうの。


 ねえ、私をギュッと力いっぱい抱きしめて――

 ――大丈夫、防熱服を着てきたから。


 ヴゥゥゥ……。


 ……ありがとう。今日みたいに山が晴れている方が好き?」

「……うん、どうしたの今日は?」

「一番幸せ」


 幸せそうに目を細めるスノーラを見ているとスノーラの不可解な行動や村人への苛立ちがどうでも良くなるような、幸せな気分に包まれる。


「撫でて」

「うん」

 防熱服の上から撫でながら綺麗な星をスノーラと眺める。今日という日が永遠に続けば良いなあ……

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